「本物の街を舞台に遊べるゲームを開発してみたい」……誰もが一度はそんな想像をしたことがあると思います。実はこの夢をより少ない労力で叶える方法があります。
それが、日本全国の3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化プロジェクト「PLATEAU(プラトー)」の活用です。2020年度から国土交通省の主導で始まったもので、誰もが自由に日本の3D都市データを使えるようになりました。すでに、多くのクリエイターがPLATEAUを用いて開発を行っています。
さらに2023年3月1日には、都市データをUnityでより便利に扱える「PLATEAU SDK for Unity」が、Unityアセットストアにて無償で配信されています。
本記事では、PLATEAUの3D都市モデルについての基礎知識や、それらを活用したゲーム制作の方法やメリットをまとめました。また、3D都市モデルの開発コンテスト「PLATEAU AWARD 2022」の受賞者であるきっポジ@kitpositionさん(以下、きっポジさん)に、個人開発者の観点から制作にあたってのポイントや、注目したい事例についても教わりました。
3D都市モデルのPLATEAUとは?
PLATEAUでは、日本全国約130都市(2023年4月20日時点)の3Dデータが公開されています。これらは「CityGML」と呼ばれるデータ形式で提供されており、商用利用も含め、無償で利用できます。
3D都市データの国際標準のデータフォーマットであるCityGMLでは、道路や地形、建物、都市施設、トンネル、交通、植生、水域など、都市を構成するさまざまな要素が3Dモデル化されています。さらに、同じ地形や建物にもLOD(Level of Detail)と呼ばれる「解像度は高いが重たいモデル」「簡素だが軽くて使いやすいモデル」など複数のデータが存在しており、用途によって使うデータを選択できます。
公開されているPLATEAUの都市データをもとにすれば、リアルな都市を舞台とするゲームの制作や、都市の属性情報(メタデータ)を利用した都市情報の可視化など、従来は開発に大きな困難を伴ったさまざまなアプリケーションがより少ない労力で作れるのです。
また、2023年3月に登場した「PLATEAU SDK for Unity」によって、PLATEAUの3D都市データをUnityへ直接インポート可能になりました。では、具体的にどういったコンテンツが制作できるのでしょうか。参考になるのが、国土交通省が主催するコンテスト「PLATEAU AWARD」の作品たちです。
中でも、2022年度の「エモーション賞」を受賞したきっポジさんのマルチプレイ対応VR/AR連動アプリケーション『VARAEMON(バラエモン)』は、「都市を舞台にしたゲーム制作」という点で示唆深い作品でした。
VARAEMONはPLATEAUの3D都市モデルによって再現した北海道・札幌を舞台に、ロボットを操縦して戦うアプリ。特筆すべきポイントは「VRによる1人称対戦」だけでなく、「現実世界と同じ場所にロボットが出現し、ARにより戦う姿を観戦できる」ことです。
どのようにVARAEMONを開発し、また3D都市データの活用にはいかなる可能性があるのかを、制作者のきっポジさんにお聞きしました。
オープンな3D都市データによって、ゲーム開発の幅が広がる
──まずは、VARAEMONを開発したきっかけから教えてください。
きっポジ:PLATEAUのデータを初めて見た瞬間、「都市でロボットが戦う」というアイデアがすぐに頭に浮かびました。最初は「ARでドカーンと何かを出してみよう」と、怪獣やロボットをビルの上に表示させてみたのですが、やっぱり自分で操縦して戦いたいし、戦っている姿も同時にARで見たくなったんです。そこで、VR空間の街で戦い、ARを使って現実の街で観戦できるという仕様を思いつきました。
まずは、PLATEAUの3D都市データを使って札幌の街並みをUnity上に再現しました。ここまではPLATEAUのデータをインポートするだけなので簡単です。しかし、VARAEMONのコアとなるARとVRを同期させる技術はネットで調べても他に手がけている人があまりおらず、開発中に後悔するくらいに大変でした。
ここでは詳細は省きますが、VARAEMONの制作過程は下記のスライドにまとめているので、もっと知りたい場合はご参照ください。
──スライドから大変さが伝わります……!。VARAEMONの発想はオープンな3D都市データが使えたから生まれたわけですね。
きっポジ:おっしゃる通りです。3D都市データが存在することで、私以外にも創作意欲が刺激されたクリエイターの方は数多く、次々に新しいコンテンツが制作されるムーブメントが起こった時期もありました。
──その他にも3D都市データがクリエイターにもたらしたアイデアはありますか??
きっポジ:PLATEAUのCityGML形式のデータには、3Dモデルだけでなく、土地情報や洪水リスク、建築年、建物の用途など、「メタデータ」と呼ばれるものが含まれています。これらを活用すれば、よりコンテンツの幅を広げられるんです。本来はこうしたメタデータがオープンデータとして提供されていることがPLATEAUの本質であり、建物モデルはこれらのデータをビジュアライズするために付属しているといってもいいと思います。
たとえば、PLATEAUのCityGMLには「商業施設」など建物の属性データも含まれています。これをもしVARAEMONに応用するなら、「商業施設が壊れたからマイナス何点」という設定や、ロボットが暴れ回ったことで起こる「市街地損耗率」などのスコアを導入できるかもしれません。なるべく建物を壊さないように戦うという新しい戦略が生まれるはずです。
最近はクリエイターがメタデータの可能性や魅力に気づき、次々にメタデータを活かしたコンテンツのアイデアが生まれています。3D都市データにしてもメタデータにしても、まずは触ってみると面白いアイデアが浮かぶと思います。
SDKの登場で具体的にどう手間が軽減されるのか?
──PLATEAU SDK for Unityは、3D都市データ活用にどのようなメリットをもたらすのでしょう?
きっポジ:実は、「都市を作る」工程は思っているよりも難しいことでした。3Dモデリングでゼロから作ろうとすれば膨大な時間がかかりますし、建物のアセットを購入して並べても「普通の街のような感じ」はなかなか生まれません。
PLATEAUの3D都市データで現実世界のビルをそのまま使えることで、「本物らしい都市」を作るための試行錯誤をショートカットできるのは大きいです。開発を効率的に進められますから。
──実際、3D都市データを使ったゲーム制作は、Unityをほとんど触ったことがない初心者でも可能でしょうか?
きっポジ:もちろん、最低限の基礎知識の勉強は必要です。また、Unityのインストールと基本操作の習得も必要ですね。ただ、そうした基本を理解できれば、あとはUnityアセットストアから数クリックでSDKをインポートできるはずです。最後にPLATEAUの公式サイトから任意の都市のCityGMLデータをダウンロードし、SDKの機能を使ってUnityのプロジェクトにインポートすればOKです。
Unityの仮想空間内に都市を作ったら、あとは別で用意されている車などのアセットを配置して最低限のプログラムを記述すれば、ゲームのように動かして楽しめます。
──SDKの登場によって、具体的にどういった作業がやりやすくなったのでしょうか?
きっポジ:従来は、次のような工程でPLATEAUを使っていました。
まず、国土交通省のホームページ(G空間情報センター)にアクセス。ページ内から使いたい3D都市データのモデルを探して事前にダウンロードした後、Unityへと手動で取り込みをします。このUnityへのインポート作業が非常に大変だったんです。
例えば、PLATEAUの建物には複数のモデル、LODが混在している地域があります。たとえば、建物の形までそっくり再現されている重いモデルと、軽くて簡素なモデルなど。しかし、それらを一緒にインポートすると複数のモデルが重なってしまいUnity上で不具合が起こりやすいので、使わないモデルは消さなければなりません。その作業に時間がかかっていたりしました。
PLATEAU SDK for Unityでは、インポート時にどちらのモデルを読み込むのかを設定できますし、複数のLODのモデルが重なった場合は一方を自動的に非表示にしてくれます。その他にも、インポートする範囲を地図上でビジュアルに確認できるなどの便利な機能があります。インポートが半ば自動化されたことで、より手間が省けて効率的にコンテンツの制作を行えるようになったのです。
PLATEAUから生まれたオススメ作品
──PLATEAUの活用例として、きっポジさんがオススメする面白い作品を教えてください。
きっポジ:ARの空間内にある建物をタップすると、その建物に手裏剣を飛ばせる「すPLATEAU〜ん?」には刺激を受けました。PLATEAUをエンタメ用途で活用する先駆けとなる作品だったと思いますし、現実とAR空間を重ねる仕組みは、ARとVRを同期させるVARAEMONの作者として親近感を感じます。
個人的には「PLATEAU AWARD 2022」のノミネート作品はどれも面白かったと思います。グランプリを受賞した「snow city」は、「実在の街をスノードームに閉じ込める」というお洒落な作品で、「ちょっと面白くて役に立つ」という塩梅が絶妙でした。
イノベーション賞を受賞した、自分の位置に合わせて周辺の建物の反射音などを再現するAR作品「PLATONE プラトーン」も素晴らしいアイデアでした。こうした、一見すると目に見えないところでPLATEAUを活用する事例は、今後たくさん出てくるかもしれません。
また、企業によるPLATEAUの活用にも今後は可能性を感じています。マッドデータサイエンティスト賞を受賞した、都市環境を対象としたクラウド解析ツール群「PLATEAU Tools」もすごい作品でした。データを3つ入力すると、さまざまな都市環境を評価してくれます。まさに圧巻でしたね。
PLATEAU AWARD以外では、株式会社ホロラボさんに注目しています。PLATEAUも活用しながら、XR分野全般で面白い作品を出しています。特にデジタルツインの技術開発を進めており、HoloLens絡みで面白い製品がたくさん生まれています。
いずれにせよ、企業が3D都市データの使い方を深掘りすると、もっと多種多様な業界で面白いものが生まれてくる可能性を感じています。
──今後、PLATEAUを使ってどのような作品が生まれてくると思いますか?
きっポジ:今後は、生成系AIと絡めた使い方に注目しています。特に2023年に入ってからはAIの進化が加速しているので、今後のPLATEAU AWARDでも、また異なる作品が登場するはずです。
また、先ほど企業の参入が楽しみと言いましたが、一方で私は個人クリエイターですのでPLATEAUのようなオープンデータやXR技術をもっと身近な、たとえるならExcelのマクロ機能のように使うのもいいのではないかと思っています。大げさなことでなくても少しだけ仕事を便利にしたり、面白くしたり、創作のインスピレーションを生み出したりできる。その活用の幅広さも技術の価値だと思うんです。そしてUnityは、そうした新技術や新機能が繋がるハブとして大きな役割を果たしてくれているので、今後も活用していきたいですね。