サマリ
2023年10月、凸版印刷株式会社は社名を「TOPPANホールディングス株式会社」に変更し、より社会課題の解決に注力する方針を打ち出しました。同社は多様な社会課題の解決を目的とし、さまざまな新規事業を展開。その一つとして、メタバースやデジタルツインなど、先端表現を活用した事業を推進しています。
そのような流れの中で、2021年12月にリリースされたのがメタバースショッピングモール『Metapa』です。このサービスはリアルとバーチャルを融合したショッピング体験を提供するもので、実店舗を訪れた際のような体験をしながら、さまざまな商品を購入することを可能にしています。また、同サービスはApple Vision Proにも対応しており、商品に触れるかのようにショッピングをすることも可能です。
この『Metapa』の開発にはUnityが導入されています。マルチプラットフォーム機能などによって、多様なクライアントの細かなニーズに対応。その結果、ショッピングモールの域を超えた、不動産、教育、観光、金融等で活用できるメタバースプラットフォームとなりました。
成果
- Unityのマルチプラットフォーム機能により、幅広い年齢層をターゲットにしたバーチャルモールをさまざまなプラットフォームで展開することができた。また、Apple Vision Proへの対応も日本でのローンチに併せて素早く対応。
- 印刷事業を祖業とする同社には、100年以上の歴史と数万社の顧客基盤がある。その顧客のメタバース需要に応えるプラットフォームとしてMetapaの需要は高く、同社の印刷事業以外の事業の拡大に貢献している。
- 多くの開発会社がUnityを採用しているので、Metapaの事業拡大に併せてグループ会社や外部企業からの協力を得ることで、Metapaの開発体制の拡張がしやすかった。
凸版印刷からTOPPANへ。社名変更に込めた想い
2023年10月、凸版印刷株式会社は社名から「印刷」を外し、TOPPANホールディングス株式会社(以下、TOPPAN)へと社名を変更しました。新社名に込められているのは、「印刷」に留まらず、幅広い事業領域を通じて、世界中の課題を「突破する」という決意です。これまで以上に社会課題の解決を志向し、さまざまな事業にトライしています。そうした流れの中で、メタバースやデジタルツインなど、先端表現を活用した事業が生み出されました。
ただし、バーチャルリアリティに関連する事業は1998年頃から推進しており、具体的にはシスティーナ礼拝堂やナスカの地上絵などの世界遺産を3DCGでアーカイブ化し、そこに訪れたかのような体験を提供する事業を展開していました。また、同社においてこの領域を牽引してきた、情報コミュニケーション事業本部事業開発統括本部先端表現開発本部 部長の名塚一郎氏は、2016年頃から東京大学の暦本研究室と共同で、遠隔地にいる人と体験を共有するためのロボットやウェアラブルデバイスの開発などを進めてきたと言います。
リアルとバーチャルを融合させた買い物体験を提供する
そのような流れの中で、コロナ禍が巻き起こりました。社会のいたるところでさまざまな問題が発生、あるいは顕在化する中で同社が目を付けたのは、多くの人が「買い物に行きたくても行けない」という状況。政府から外出の自粛要請が出され、リアル店舗でのショッピングがしにくい状況の中で、「バーチャル空間でもリアル店舗さながらにショッピングをできるような体験を提供できないか」と考え、サービス開発に乗り出しました。
そして、b8ta Japanと共同で『IoA Shopping™』を開発。実証実験を経て、2021年12月にリアルとバーチャルを融合させた買い物体験を提供する『Metapa』をリリース。従来、メタバースはエンタテインメント領域で活用されることが一般的で、メタバースサービスの多くは、基本的には日頃からゲームなどに親しみ、バーチャル空間に慣れている方々向けのUXになっています。一方、『Metapa』はより幅広い層をターゲットとしたサービスであり、シンプルで使いやすいUI/UXを志向して開発が進められました。
「プラットフォームは、Unity一択だった」
『Metapa』の開発には、Unityが導入されています。TOPPANではさまざまな部署でUnityの活用が進んでおり、豊富な開発実績があったことが導入の一因となりました。
また、前出の名塚氏は「『Metapa』は基本的にスマートフォンからの利用を想定しており、誰からも親しまれやすい表現、使い心地を目指していた。商材自体は高精細な表現をしなければならないと考えていたものの、空間自体はバーチャルならではの質感を重視したかったため、Unityが最適だと思った」と導入の理由を語ります。
併せて、「ライブラリの豊富さと、市場にUnityを使いこなせる人材が豊富に存在していること、そして音声通話など、さまざまな機能を実装することを見据えたとき、Unityであれば実装を想定していた機能のすべてに対応できると考えたこと」を決め手とし、「さまざまな要素を考慮すると、Unity一択だった」と振り返ります。
開発・運用は、TOPPANデジタルやトッパングラフィックコミュニケーションズなどのグループ企業と複数の外部パートナーと連携しながら推進。プロトタイプの開発から徐々に体制を拡大し、現在は7〜8社による運営体制となっています。
スムーズなマルチデバイス対応で、即座にクライアントの多様なニーズに応える
「Unityを導入した最大のメリットは、ワンソースでマルチデバイス展開できることだった」と名塚氏。というのも、『Metapa』はアパレル製品などを販売するショッピングモールとしてリリースしたものの、その活用範囲は徐々に拡大。
現在は、マンションのショールーム、スマートフォンキャリアショップとして利用するクライアントや、『Metapa』上でZ世代向けの金融教育コンテンツを提供しているクライアントも存在しています。
そのため、リリース当初はスマートフォンからの利用を前提としていたものの、他のデバイスからでも快適に利用できるようにする必要性が生じました。たとえば、マンションのルームツアーをするため、あるいはクライアントの担当者がリアルタイムに直接接客するためには、PCからの利用に最適化する必要があります。さまざまなクライアントの要望やニーズを満たすために、早急にマルチデバイス展開を進めなければなりませんでした。「速やかに展開を進め、クライアントの多様なニーズに応えられたのはUnityだったからこそ」と名塚氏は言います。
「公開された技術情報の多さ」もUnityを導入するメリットです。名塚氏は「開発を進める中でさまざまなトラブルがありましたが、Unityに関する情報はWeb上にも社内にも蓄積されています。そのため、トラブル対応もスムーズに進みました」と、Unity導入のメリットを語ります。
加えて、Unityは「共通言語」としての役割も担いました。先述の通り、『Metapa』の開発は複数の企業と協働しながら進められています。Unityを導入したことによって、開発バージョンを統一させることができ、それを前提としたコミュニケーションによって複数社間での連携も円滑に進んだと名塚氏は言います。
そして、商品をARで拡大表示するなどの機能は、Unityに内蔵されている機能を活用して実装。また、ジーンズの色落ち体験をする、あるいは電気自転車の折りたたむ様子をアニメーションで表示するなど、さまざまな3D表現もUnityに内蔵されているツールをベースにつくることで実現しています。
また、自動車のビジュアルなど、よりきめ細かで高精細な表現が求められる場面では、URP(Universal Render Pipeline)を活用。これにより、実店舗にも劣らない本物の質感をユーザーに届けています。
PolySpatialを活用し、Apple Vision Pro版をリリース
また、TOPPANはApple Vision Pro(以下、Vision Pro)の日本発売に合わせて『Metapa』のVision Pro版をリリース。Vision Pro版の開発には、Unityが提供するVisionOS向け開発フレームワーク「PolySpatial」が活用されました。
アプリをVision Proに対応させるための方法は大きく2つあります。一つはWebGLでWeb版をつくることですが、『Metapa』では「Vision Proのポテンシャルを最大限に引き出せない」という理由で不採用に。そこで、もう一つの方法であるPolySpatialを用いてVisionOS用のアプリを選択したのは、Vision Proの本領は実空間とデジタル情報をシームレスに統合することで、情報をインタラクティブに制御することを可能にする技術である「空間コンピューティング」にあると考えたのです。
PolySpatialの利点は、Unityで制作した3Dのアセットや機能をそのまま流用できる点にあります。また、Bounded(Vision Proのモードの一つ。表示領域に境界があるモード)とUnbounded(表示領域に境界がないモード。視野全体にアプリのコンテンツが表示される)のどちらにも対応しているため、多様な体験を提供するさまざまなコンテンツをつくることが可能です。
『Metapa』のVision Pro版の開発を通じて、TOPPAN社内にはVision Pro向けアプリ開発のノウハウが蓄積されました。そのノウハウをベースに、企業を対象にしたVision Proサービスの受託開発事業を立ち上げ、さまざまな企業からの依頼に応えています。
強固な顧客基盤が生み出した「想定以上の広がり」
元々、コロナ禍によって生じた「リアル店舗でショッピングができない」という課題を解決するために開発された『Metapa』ですが、コロナ禍が落ち着いたことでその課題は解消されつつあります。しかし名塚氏は、これまで『Metapa』を運営してきた経験を通して「世の中にはリアルな空間やサービスだけでは実現できないことがあり、バーチャル空間だからこそできることがあると思っている」と言います。そういった実感を得た理由は、当初の想定を超えて、『Metapa』の活用領域が広がっているから。
現在は、内定者懇親会や新人社員研修、あるいは引きこもりの方々の社会復帰支援など、さまざまなステークホルダーが、さまざまな目的のために『Metapa』を活用しています。
このような想定以上の広がりを生み出したのは、TOPPANがこれまでに構築してきた顧客基盤です。同社は印刷をはじめとして、BPO、DX支援、教科書の出版、あるいは建装材の開発など、多種多様な領域でビジネスを展開し、数万社とのネットワークを構築してきました。既存ビジネスを通して構築した強固な顧客基盤があったからこそ、『Metapa』は名塚氏ら開発陣の想定を超える広がりを見せ、また、既存ビジネスでは提供できていなかった新たな価値を生み出しているのです。
実際、『Metapa』を利用したあるクライアントからは、より包括的なプロモーションのサポートを依頼されるなど、着々とビジネス的な成果もあげています。名塚氏は「これからさまざまな領域で成功事例をつくり、その事例を他業界にも横展開していきたい」と意気込みを語ります。
「誰にとっても使いやすいメタバース」で、社会課題を解決する
一時期大きな盛り上がりを見せたメタバースですが、現在はやや下火になったように思われます。ハイプ・サイクル(あるテクノロジーやサービスの認知度や社会への適用度を示す図)における幻滅期に入ったといえますが、幻滅期のあとには回復期、安定期が待っています。
つまり、今後メタバースは再び盛り上がりを見せ、しっかりと社会に根付いていく可能性があるのです。名塚氏も「生成AIとの組み合わせや、Vision Proを始めとしたデバイスの低価格化が進めば、さらに盛り上がるのは間違いない。来たるべきときに向けて『Metapa』をさらに進化させ、このプロダクトで社会課題の解決に寄与していきたい」と力を込めます。
その「来たるべきとき」に向け、『Metapa』の評価も高まっています。一般社団法人Metaverse Japanが、革新的なチャレンジや事業化プロジェクトなどを称える「JAPAN Metaverse Awards 2024」においては「Metaverse Japan Special Award / メタバースジャパン特別賞」を受賞。また、Unityクリエイターの優れた功績に贈られる2024年度「第16回Unity Awards」でも「Industry部門内Most Innovative Customer Experience部門」を得ました。
名塚氏はさらに「これからは国際的な展示会を開催を誘致するなど、サービスの“グローバル化”を進めていきたい。そして、バーチャル空間や最先端テクノロジーに慣れ親しんだ人だけではなく、誰にとっても使いやすいメタバースにしていきたいと思っている」と今後の展望を語りました。