Unityのエコシステムが牽引する、ソニーの次世代モーションキャプチャー「mocopi」の製品成長ストーリーと新局面

Unityは全世界で130万人を超える月間アクティブユーザー数を誇ります。この巨大なユーザーベースがあるため、多くの外部ベンダーが自社ハードウェア、ソフトウェア、サービスのUnityへの対応や連携を確立しています。これにより、ユーザーにとって非常に価値の高いエコシステムが実現しています。

ソニー株式会社から発売されたモバイルモーションキャプチャー『mocopi®(モコピ)』も、Unityのユーザーコミュニティと共創することで製品成長を大きく遂げています。

2023年1月に発売されたmocopiは、直径3.2cm、重さ8gという小型・軽量なセンサーを6つ身体に装着し、スマートフォンアプリと連携するだけで、屋外や自宅など場所を選ばずにフルボディトラッキングが可能になるこの画期的なデバイスで、3DアーティストやVTuberをはじめとするクリエイターや開発者に大きな衝撃を与えました。

その実現の裏には、ソニーが長年培ってきたセンシング技術の蓄積と、開発プラットフォームとしてのみならず、Unityの「コミュニティ」と共創する新しい開発スタイルがありました。

今回は、mocopiの事業室長を務める相見猛氏と、開発責任者の佐藤聡氏にインタビューを実施。mocopi誕生の経緯から、Unityを採用した理由、開発者コミュニティとの向き合い方、そしてSDKのオープンソース化に至るまでの道程について、詳しくお話を伺いました。

“XRブーム”に欠落していた、身体的インタラクション

『mocopi』の研究開発や商品化への動きが本格化したのは、2020年頃。新型コロナウイルスが猛威を振るい、物理的な移動が制限される中、XR技術への注目が急速に高まっていた時期でした。

ソニーグループ内でXR関連の技術開発やサービス開発に従事していた相見氏は、当時のXR体験に大きく2つの課題を感じていました。一つは、グラス型デバイスやヘッドマウントディスプレイといったハードウェアは存在していたものの、それらの多くは「3Dコンテンツを見るだけの体験」を提供することに留まっていたこと。もう一つは、インタラクションがあったとしてもコントローラーやレーザーポインターを介した体験に限られていたことです。

「3D空間内でキャラクターとインタラクションする体験を作っていく中で、『実際に自分自身の身体を使って、3Dの世界に入り込みたい』と思うようになった」と相見氏は語ります。

自身の身体の動きをそのままデジタル空間のアバターに反映させるには、モーションキャプチャーが不可欠です。しかし、一般的なモーションキャプチャー機材は多数のカメラや専用機材を要する非常に大掛かりなものでした。モーションキャプチャーを活用するには専用のスタジオに足を運び、動きをデータ化するための特殊なスーツを着て撮影しなければならず、個人が気軽に扱えるものではありませんでした。

また、2020年頃はVTuberブームの勃興期でしたが、個人が自宅から配信する場合、Webカメラで顔の動きをトラッキングし、アバターの動きに反映するのが精一杯。全身の動きを反映するためには、やはり逐一スタジオに足を運ぶ必要があったのです。

そんな状況を変え、「誰もが気軽にモーションキャプチャーを活用できるようにしたい」という相見氏の思いが、『mocopi』の原点にはあります。

他製品の開発を通して築かれた、ソニーの技術資産を応用

「誰もが気軽にモーションキャプチャーを」という思いを実現する上で、重要な役割を果たしたのが、ソニーの技術資産です。

当時、ソニーグループ内のR&D部門では、加速度センサーとジャイロセンサーを身体の数箇所に装着するだけで、人間の体の動きをある程度まで再現できる要素技術が開発されていました。この技術を応用して開発された製品が、テニスラケットやゴルフクラブに装着することでフォームやスイングの可視化・分析を可能にする「スマートテニスセンサー」や「スマートゴルフセンサー」です。これらの開発を通じて、ソニーのR&D部門にはセンシング技術とデータ処理の知見が蓄積されていました。

元々、スマホの開発部門に所属していた相見氏は、スマートテニスセンサーやスマートゴルフセンサーが利用者のフォームを3D化する際の演算量を知り、「この程度の量であれば、現代のスマホのスペックなら処理できるのではないか」と、小型センサーとスマホアプリでモーションキャプチャーを完結させることを思い立ちます。

実際に試作してみると、スマホ単体で全ての演算が可能であることが判明。大がかりで高性能な機材を必要とせず、センサーとスマホだけで完結する「モバイルモーションキャプチャー」という商品コンセプトが固まりました 。

ユーザーによるアプリ開発を見据え、開発プラットフォームを選定

相見氏らはこのコンセプトを形にするべく、アプリ開発に着手。開発ツールの選定について、相見氏は「3Dのインタラクションを必要とするアプリをつくることに最も適しているのはゲームエンジンだろうと思っていたので、当初からゲームエンジンベースで考えていた」と振り返ります。

数ある候補の中から、相見氏はUnityを選定。相見氏はその理由の一つを「『mocopi』に着手する以前のXR技術開発においてもUnityを使用していたため」としますが、さらに重要だったのは「『開発者の層の厚さ』と『エコシステムの広がり』にある」と語ります。

「『mocopi』は、単にモーションデータを取得するだけのデバイスであり、取得したデータを活用してアバターを動かしたり、ゲームに組み込んだりするためのアプリが生まれなければ、商品の価値は高まらない」と相見氏。

つまり、「ユーザーの手によって多様なアプリが生み出され、そのアプリによってさらに『mocopi』の価値とユーザー層を広げていく」。そんな狙いがあったからこそ、多くの開発者が利用しているUnityを選択したのです。

「プラグインの先行公開」という異例の戦略

開発プラットフォームに加え、マーケティングの一環としてUnityを選定した『mocopi』チーム。それを象徴する動きの一つとして、『mocopi』のリリース日である2023年1月20日の約1ヶ月前には、「mocopi Receiver Plugin for Unity」を公開しました。

これは『mocopi』アプリが送信したモーションデータをUnityプロジェクト上のアバターに適用させるためのプラグインで、ハードウェア側からモーションデータを送信するためのエミュレーターと共に先行公開したのです。

「『もうすぐ発売されるから、先にアプリをつくってみてね』というメッセージを込めた」と相見氏。その結果、まだ商品が発売されていないにもかかわらず、Twitter(現X)などのSNS上には「『mocopi』対応のアプリをつくってみた」という投稿が数多く見られ、製品の発売日にはすでにいくつかの個人開発アプリが『mocopi』に対応している状態が生まれました。

相見氏は「発売前にSNSで『アプリをつくった』と投稿していたうちの一人は、後に『mocopi』チームにジョインすることになり、現在も共に働いています」と、プラグイン先行公開の思わぬ“副産物”を明かします。

現在はMotionBuilder、Maya、Unreal Engine、Blenderの開発プラットフォーム向けのレシーバープラグインを展開している『mocopi』。最初にUnity向けのレシーバープラグインを公開した理由は「UnityとVRM(人型3Dモデルのファイル形式)との相性の良さ」でした。日本において最も普及している3DアバターファイルフォーマットであるVRMへの対応は、『mocopi』にとって必須といえます。

UnityはVRMファイルを読み書きするためのライブラリである「UniVRM」を利用しており、VRMアバターを簡単に扱える環境が整っています。また、『mocopi』開発責任者である佐藤氏は「多くのVTuber向けアプリがUnityで開発されていることも、Unity向けプラグインの提供を最優先にした理由です」と述べました。

プロダクトを、コミュニティと共に育てる

発売後、『mocopi』チームはユーザー層を広げるため、Discord上に開発者コミュニティを開設しました。まずは自らの手でアプリ開発を手掛けているコアユーザーを呼び込み、徐々にコミュニティを拡大。現在、このDiscordコミュニティは、問い合わせフォームとしての役割のみならず、ユーザー交流の場として、あるいはユーザーからのフィードバックを募る場としても機能しています。

また、このコミュニティを起点にユーザー参加型のイベントを実施。それが「mocopi Camp」です。このイベントの目的は、『mocopi』の用途を広げること。参加者に「mocopi Receiver Plugin for Unity」を活用してインタラクティブコンテンツを制作してもらうイベントで、第1回である「mocopi Autumn Camp」を2023年9月に開催。この「mocopi Autumn Camp」には、15名のユーザーが参加し、さまざまなコンテンツが生み出されました。

好評を受け、第2弾として「mocopi Winter Camp」を開催。SDKを活用した開発がさらに活発化するとともに、mocopiのエコシステムや開発者コミュニティの仕組みへの理解・認知がさらに深まり、コミュニティとのつながりも強化されました。

また、応募者向けにDiscordコミュニティを設立。その後に一般公開され、現在の「mocopi FunLab」へと発展しました。設立当初からモチベーションの高い参加者が中心となってコミュニティを運営したことで、自然と質の高いディスカッションが生まれ、一般公開後に参加したメンバーもすぐに有益な情報を得られる環境が整いました。結果として、長く活用される、活気あるコミュニティの基盤を確立することができました。

「顧客の声」がすべての指針。3ヶ月に1回のメジャーアップデート

『mocopi』の開発体制における最大の特徴は、徹底した「ユーザーファースト」の姿勢です。相見氏と佐藤氏を含むチームメンバーは、常にXやDiscordを巡回。相見氏は「SNS上の『mocopi』に関連する投稿は、間違いなくすべて目を通している」と言い切ります。

「『mocopi』は、幅広いユーザーをターゲットにした家電製品とは異なり、特定の文化圏に属する“濃い”ユーザー層に支えられています。そのため、SNS上の声の確からしさは非常に高く、開発の優先順位を決める大切な要素になっている」と、ユーザーの声を重視する理由を語りました。

徹底的にユーザーの声を拾いながら、『mocopi』は発売以来、3ヶ月に1回というハイペースでソフトウェアのメジャーアップデートを継続しています。そのアップデートは「機能」に留まりません。たとえば、当初はスマートフォン専用としてリリースされた『mocopi』でしたが、ユーザーからの「PCで配信をするから、PCで直接動かしたい」という強い要望を受け、PCアプリケーションの開発・提供に踏み切りました。Unity関連の機能についても同様で、ユーザーから挙がった要望のうち、実現しやすいものは即座にUnityで開発・実装してきました。

「mocopi Receiver Plugin for Unity」のオープンソース化で、共創を加速させる

そして、2025年12月、開発チームは「mocopi Receiver Plugin for Unity」のオープンソース(OSS)化に踏み切りました。

以前から、「mocopi Receiver Plugin」をダウンロードするとソースコードが見られる仕様にはなっていましたが、一部の通信処理部分などは公開していませんでした。しかし、今回のOSS化に併せてそれらのソースコードも開示されました。

また、このOSS化に伴い、GitHub上でIssueやPull Requestを受け取れるようになり、ユーザーと開発チーム間のコミュニケーションはより直接的で高速なものになります。開発チームだけでは気づけなかったバグの修正や、思いもよらない機能拡張を、世界中の開発者と共に進めていける体制が構築されたのです。

OSS化において最大の懸念点だったのは、コードが開示されることによって「できること・できないこと」が白日の下に晒され、それに対する質問や要望が殺到した際、開発チームが受け止めきれるかという点でした。

しかし、Discordコミュニティでのコミュニケーションが円滑化し、開発チーム内にも外部からのフィードバックを適切に処理するルーチンが確立されたことで、体制面での準備が整いました。

まずは圧倒的に利用者の多い「mocopi Receiver Plugin for Unity」と、モーションデータをデシリアライズするネイティブレイヤーの公開から開始し、ユーザーの反応を確かめたのち、他の開発プラットフォーム向けのレシーバープラグインについてもOSS化を検討する方針です。

相見氏は、今後への期待をこう語ります。「我々はずっと同じ製品をつくっているため、どうしても『mocopi』の使い方にバイアスがかかってしまいます。OSS化によって、『そんな使い方があったのか!』と我々が驚くような、想定外の活用法が生まれることを楽しみにしています」。

Unityコミュニティが支えた『mocopi』の普及と進化

相見氏はこれまでの歩みついて、「早くから『mocopi Receiver Plugin for Unity』を公開し、製品の発売当初からUnity向けのアプリが存在する状況がつくれたことは、ユーザー層を広げる上でとても重要なことだった」と振り返ります。

『mocopi』が単なるモーションキャプチャー機材に留まらず、さまざまな3Dインタラクティブコンテンツを生み出すと共に、一つのエコシステムとして育った背景には、Unityコミュニティの存在がありました。「企業が手掛ける本格的なアプリから、個人の開発者がつくる実験的なツールまで、Unityがあったからこそ多様なユースケースが生まれました。そういった意味で、『mocopi』はUnityコミュニティに育てられたプロダクトだと思っています」と相見氏は言います。

「ただし、ユーザーの要望をそのまま実装するだけでは不十分だと考えている」と佐藤氏は強調します。「ユーザーが怒っているときや不満を漏らしているとき、そこには必ず理由があります。言われた通りに機能を追加していくだけでは、プロダクトが複雑化し、結局何がしたいのかわからないものになってしまう。大切なのは、ユーザーの言葉の裏にある『本当の要望』を抽出し、それを実現するための最適な解をこちらが提案することです」。

佐藤氏は、ユーザーとDiscord上で直接対話し、あり得る形を提案しながら、ビジョンを持って機能を取捨選択していくと言います。それこそが、ユーザーコミュニティと共に開発を進める上でのポイントになるのです。

見据えるのは「世界」。産業分野、制作・開発での活用を推進

『mocopi』は現在、日本、米国、シンガポールと、中国の一部で展開されていますが、今後はグローバル展開を視野に入れています。また、活用領域もエンターテインメントに留まりません。

現在、『mocopi』の主な用途はアバター操作ですが、人間の動きを3Dデータ化する技術には、さらに広い応用可能性があります。たとえば、ソニーグループ内の工場では、作業員の動きを『mocopi』で可視化し、身体への負荷や作業効率を分析する実証実験が行われています。このように、産業分野における「人の動きの可視化・分析」は、大きなポテンシャルを秘めています。

また、ソニーグループとしてもクリエイター支援を掲げて注力している「制作分野」や、エンジニアリングを伴う「開発分野」でも活用が進んでいます。それらの動きを見据えて相見氏は、『mocopi』を「3Dオブジェクトとのインタラクションを進化させるための第一歩」と位置づけています。

「人間の動きをデジタル化し、3D空間内のオブジェクトとインタラクションさせる。そのためのハードウェアやソフトウェアは、今後さらに進化していくでしょう。『mocopi』は、その未来に向けた第一歩です。数年後、『あれが始まりだったんだ』と皆様に思っていただけるように、プロダクト開発に邁進していきたいです」。

『mocopi』が描く未来の中で、Unityコミュニティが果たす役割

相見氏らが描く未来を実現するにあたり、Unityコミュニティはどのような役割を果たすのでしょうか。

佐藤氏は「Unityを活用しているエンジニアの数自体が多く、技術レベルも高いのが日本のマーケットの特徴だと感じている」とした上で、これまでXやDiscordを通してさまざまなユーザーと対話を繰り返してきた経験から、Unityコミュニティの特徴を「質問や要望を積極的に発信してくれる点にある」と言います。そのため、開発者側からもユーザーの考えていることや状況が把握しやすいのだそう。

相見氏も「特にUnityユーザーは、『mocopi』を活用して制作した作品をSNS上で発信する傾向が強い」とし、その投稿がプロダクトの認知拡大、新規ユーザーの獲得にも一役買っているといいます。

「mocopi Receiver Plugin for Unity」のOSS化を機に、XやDiscord上での自然言語を用いた対話のみならず、コードベースでのコミュニケーションも活発化することになるでしょう。今後も『mocopi』のプロダクト成長にとって、Unityコミュニティは重要な役割を果たすのではないでしょうか。