「全員が使える」からUnityはプロジェクトマネジメントツールにもなる。ロケットスタジオ『幽限御界堂探偵社』シリーズ制作の裏側

株式会社ロケットスタジオが2022年3月にリリースし、シリーズ第二弾が11月24日に発売されたNintendo Switch™用ソフト『幽限御界堂探偵社』。謎解きホラーアドベンチャーである同作は、「自社開発のオリジナルタイトルでありながらも、500円というロープライス販売」も特徴の一つだ。

ゲームの受託開発を主力事業とするロケットスタジオは、多忙な業務をこなしながらも、どのようにオリジナルタイトルの発売にまでこぎつけたのか。また、ロープライスが実現するために、いかなる工夫をこらしたのか。

同作の開発をリードした札幌本社開発部プロデューサーの蒲原仁さんは「プロジェクトを小規模に始めながら、若手スタッフの『ゲームをつくりたい』という想いに寄り添えたことが秘訣だった」と語る。

リソースが不足する制約の中で、それを補いながらゲーム制作を進めたエピソードから、「プロジェクトマネジメントツールとしてのUnity」の活用について聞いた。 

(株式会社ロケットスタジオ 蒲原仁氏)
目次

業務の空き時間に進めた「放課後プロジェクト」がきっかけ

──はじめに、『幽限御界堂探偵社』というタイトルを立ち上げた経緯を教えてください。

蒲原:『幽限御界堂探偵社』は、もともと社内プレゼンが通らなかった企画でした。

2010年頃に私はロケットスタジオに中途入社したのですが、前職時代からアドベンチャーゲームの企画は温め続けていたんです。それを役員にプレゼンしたものの、残念ながら「オリジナルタイトルをつくる資金的体力はない」と。

実は、オリジナルタイトルに何度か挑戦したものの、売上が芳しくなかった過去もあったのです。受託開発がメインのロケットスタジオには、自社制作のゲームにGOサインが出づらい雰囲気が生まれていました。

しかし、社内には「オリジナルタイトルをつくりたい!」という熱意ある若手メンバーも多かった。そこで、今後の会社のパブリッシュラインを設けるために、オリジナルのゲームで成功した前例をつくろう、という機運も生まれていました。

──そこで、約10年間眠っていたアドベンチャーゲームの企画を再始動させたと。

蒲原:そうなんです。でも、役員からの承認や予算取りは難しい。さまざまな方法を考えましたが、結論は「会社には内緒でつくること」でした。

まずは「仕事とは別になるけどアドベンチャーゲームをつくらない?」とスタッフに声をかけました。やりたいと手を挙げてくれた熱意ある7名を巻き込んで、みんなの空き時間で進める「放課後プロジェクト」が始まったんです。

Unityを選んだのは「リソースを枯渇させないため」

──ただでさえゲーム会社の業務は多忙でしょうから、制作リソースは不足するのが前提です。制作進行にあたり、どのような工夫をしたのでしょうか。

蒲原:まず決めたのは、Unityを使って制作すること。理由は「全員が使えるゲームエンジン」だったからです。いま、ゲーム業界の門を叩く若手はUnityを学生時代に触っている人が多く、扱いにも慣れています。

また、制作陣のリソースが限られているので、ボリュームがあるゲームをつくるつもりは無かったんです。開発工数がかかるリッチなゲームエンジンを導入しても、途中でプロジェクトが頓挫することは目に見えていました。

──つまり、ゲームエンジンを使う理由は「リソースを枯渇させないため」だと。

蒲原:そう思います。しかも、Unityにはアドベンチャーゲーム開発に必要なアセットも揃っています。ゲーム開発の経験が豊富ではない若手が集まり、スモールスタートで少しずつつくっていくには適していますね。

全員がゲームエンジンに触れる状態で、かつ役割分担をゆるやかに分けると、制作のタイムロスがほとんど生まれないんです。職種に限らず、何かあれば手が空いた人が「私やっておきます」とプロジェクトを勝手に進めてくれました。

例えば、普段は総務担当の若手が『幽限御界堂探偵社』のプロジェクトではシナリオライターを担当しているんです。しかも、彼女は空き時間に自分でUnityもいじって、たまに僕が書いたスクリプトのミスを指摘してくれる(笑)。

共通理解があるプラットフォーム上で、足りないことをお互いに補えるから、「あの人がいないので私の作業ができません」という状況が生まれない。だからリソース不足の中でも少しずつ開発プロジェクトを進行できたのだと思います。

分割式シナリオならプロジェクトが頓挫しにくい理由

──『幽限御界堂探偵社』は11月24日にシリーズ第二章が発売されています。第三章以降も順次リリースしていく予定だとお聞きしましたが、シナリオを分割して販売している理由をお聞かせください。

蒲原:そもそもこの企画は、会社からGOが出ていない状態から始まったからです。空き時間でのプロジェクトは、本業でつくるよりもやはり制作陣への負荷がかかります。「なんとかつくれるボリューム感」に抑えて開発を進める必要がある。

最初から大きなゲームをつくろうとすると、やっぱり途中で頓挫してしまいやすいですよね。制作に使えるリソースが限られているのであれば、1話ずつ小さく切り分けてつくって出せばいいと思ったんです。

──ということは、500円という価格設定も「小さく切り分けて作っているから」だと。

蒲原:おっしゃる通りです。今後は第五章以上まで構想があります。作品単体では500円のプライスでも、少しずつシリーズを通して楽しむファンが増えてくれれば、それに応じて利益もコツコツ積み上がっていく仕組みです。

あと、今までは上司のいないところでコッソリと開発していましたが、第一章をリリースしてから徐々に認められはじめています。会社にいる間に手を動かしても、ちょっとだけなら怒られなくなりました(笑)。この調子で、第三章以降の開発も進めていきたいです。

──章を重ねるごとに、少しづつ制作が楽になっているのですね。

蒲原:しかも、第一章を開発した時点で、後々使うであろう制作物はリスト化してまとめておきました。背景画などがすでにある状態から開発できるので、第二章以降はかなり楽になっています。

第一章は合計8名の制作体制でした。プログラマー1名、シナリオライター1名、デザイナー5名、そしてプロデューサーとスクリプト担当の僕です。でも、最初に立ち絵などをつくってしまったので、第二章以降はデザイナーの稼働はかなり抑えられていますね。

今後はシナリオさえあれば、みんなが勝手にどんどんUnity上でつくっていける仕組みが整っています。さらに、リリース済みの章をプレイしたユーザーの反応を見ながら、軌道修正して改善のサイクルを回せる。

連続して何作品もリリースしていくことで、目にされる機会が増えて、知名度も高まっていくはずです。これからファンが増えてくれることを願っています。

「ゲームを作りたい人」をもっと応援していきたい

──今後ロケットスタジオとしてやってみたいことはありますか?

蒲原:Unityをある程度使ってみて、社内でアドベンチャーゲームをつくるツールとノウハウを確立できたので、別のシリーズも手掛けてみたいですね。会社としても『幽限御界堂探偵社』が良い前例となれたなら嬉しいです。

あとは『RPGツクール』のように、アドベンチャーゲームがつくれるツールや環境を整えてみたいです。僕自身も、RPGツクールからゲームプロデューサーとしてのキャリアが始まった一人なので。「もっと簡単にゲームをつくれたらいいのにな」と、いつも思っています。

──ゲームを作りたい人をもっと応援したいと。

蒲原:ゲーム開発は分業が進んで効率的になっていますが、一方で「つくりたいものをつくれる」という感覚はゲームクリエイターにとって大事だと思うんです。やっぱり僕はいちクリエイター、いちゲーム制作者であり続けたいと思っていますし、これからの業界を担う若手にもそうであってほしい。

ただし、本当に「ゲームをつくりたい」と思っているのであれば、Unityを筆頭に環境は揃っているのが現代です。一人では難しくても、リソースを持ち寄って共通のプラットフォーム上で進めれば開発はできるはず。「つくりたいものをつくりたい」と思った時にできない理由はなくて、「どう工夫したらできるだろうか」と考えることが大事ではないでしょうか。

会社から承認されない、本業で制作スタッフはみんな忙しい、明らかにリソースが足りない……そんな状況でも、工夫すればゲームづくりは進められる。そんなプロジェクトマネジメントツールとして、Unityは『幽限御界堂探偵社』の開発を支えてくれたと思います。

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