第一作が発売されたのは、1988年。以来、四半世紀以上にわたって断続的に新作がリリースされ、その数はシリーズ全体で20作品以上にのぼります。この作品で「日本の地理を覚えた」という人も少なくないのではないでしょうか。
すでにピンと来ている方もいると思います。昭和、平成、そして令和にまたがって多くの方々に愛され続けている、日本屈指の大ヒットゲーム。それが「桃太郎電鉄」シリーズ(以下、「桃鉄」)です。
2023年11月、そんな「桃鉄」の最新作『桃太郎電鉄ワールド 〜地球は希望でまわってる!〜』(以下、『桃鉄ワールド』)がリリースされ、その制作にはコンシューマーゲームとしての「桃鉄」では史上初めて、Unityが導入されました。
本記事では同シリーズのシニアプロデューサーを務める岡村憲明氏(コナミデジタルエンタテインメント)をお招きし、導入の背景や狙いを伺います。「桃鉄シリーズを未来に継承するためだった」と語る岡村氏。その言葉の真意は、どのようなものなのでしょうか。
「桃鉄」シリーズを支える“秘伝のタレ”を受け継ぎ、アップデートする
——まずは、本作の企画が立ち上がった経緯をお聞かせください。
岡村:『桃太郎電鉄 ~昭和 平成 令和も定番!~』が2020年11月に発売され、幸いにも大成功を収めたので、次回作として本作の企画が立ち上がりました。時期としては、前作が発売されてからおよそ半年後のことだったと記憶しています。
——『桃鉄ワールド』は、タイトルの通りに世界中を巡りますが、なぜ、「世界」を舞台にしたのでしょうか?
岡村:「桃鉄」には、日本が舞台の「定番」シリーズ以外にもさまざまなレパートリーが存在し、今回の「ワールド」もその一つです。海外をテーマにした作品としては、2010年に発売された『桃太郎電鉄WORLD』が挙げられますが、その他にも2004年発売の『桃太郎電鉄USA』などもあります。
一連の「ワールド」シリーズは、いわば「桃鉄」の「別ライン」なんです。『桃太郎電鉄 ~昭和 平成 令和も定番!~』の発売後、「定番」シリーズの総監督/ゲームデザインを務めるさくまさん(※さくまあきら氏。「桃鉄」の生みの親であり、第一作から総監督を務める)から「ワールドシリーズの新作を企画しよう」とご提案がありました。
私自身も、「桃鉄」のプロデューサーとして、「定番」シリーズ以外に新しいラインをもう一つ走らせたいと考えていたところだったので、企画をスタートさせたんです。
——「もう一ライン走らせたい」と考えていた理由は何ですか?
岡村:「桃鉄を継承するため」です。「桃鉄」の第一作が発売されたのは1988年のこと。以来、約35年間で20作品以上をリリースしています。もちろん、ゲームシステムやゲームバランスといった「ベース」はしっかりと構築されており、そのベースを調整しながら新作を制作してきました。言うなれば、“秘伝のタレ”が存在するわけですね。それを改良しながら、「定番」シリーズをつくってきました。
“秘伝のタレ”をつくり上げたのはさくまさんなので、「定番」シリーズはまごうことなき「さくま印」の作品だと言えます。さくまあきらというクリエイターが、自らつくり上げた“秘伝のタレ”をベースに、毎回途方もない時間をかけて、細かな調整を繰り返しながら制作しているのが、「桃鉄」の「定番」なんです。
ですから、“秘伝のタレ”があるとはいえ、さくまさん以外のクリエイターがさくまさんと同じ方法で制作したとしても、同じクオリティが担保できるとは限りません。だからこそ、「次の担い手となる若手の開発者たちが主体となってつくる桃鉄シリーズ」として、定番以外のラインをつくらなければならないと考えていたんです。
『桃鉄ワールド』の監督は、長年にわたって「定番」シリーズの副監督を務めてきた桝田省治さんです。桝田さん自身はベテランのクリエイターですが、「定番シリーズを紐解き、若手のクリエイターに引き継いでいく『中継役』になるために、本作の監督を引き受けた」とおっしゃっていました。
つまり、「ワールド」は、約35年の歴史の中でさくまさんがつくり上げてきた“秘伝のタレ”を次世代のクリエイターたちに継承し、それを再構築することを通して、「桃鉄」を30年先、50年先へつないでいくための作品なんです。
Unityで「桃鉄」を再現する
——そんな『桃鉄ワールド』は、コンシューマー向けタイトルとしては初めてUnityを活用されたと伺っています。なぜ、導入していただいたのでしょうか。
岡村:未来を見据えて、誰にとっても制作しやすい環境に移植する必要があると感じていたからです。また、統合環境で制作することで、より身軽にさまざま展開が可能な状態にしておきたいと考えていました。
たとえば、『桃鉄ワールド』のスマホ版は現段階(2024年5月)では存在しませんが、Unity上で開発しておけば、将来的に多大なリソースをかけずにリリースすることもできるでしょう。「スマホ版をリリースしよう」という意思決定のハードルも下がりますよね。
横展開を可能にするため、初期投資など多少のコストは覚悟して、Unityで「桃鉄」をつくり直すことを決めたんです。
——Unity以外の選択肢は検討しましたか?
岡村:もちろん他のゲームエンジンを導入する選択肢もありましたが、スマホ版への展開を考えたとき、最も安定したパフォーマンスを発揮してくれるのはUnityだと思っていました。社内での活用事例も豊富ですし、私自身、2017年にNintendo Switch™版をリリースした『スーパーボンバーマン R』の制作にUnityを活用した経験があったため、迷うことはなかったです。
——そうして、Unityを活用して「桃鉄」をつくり直すプロジェクトが始まったわけですね。
岡村:はい。ただ、実は最初のUnity版「桃鉄」は『桃鉄ワールド』ではないんですよ。移植プロジェクトは、「定番」の基礎部分をUnity上で構築することからスタートしたのですが、この作業と並行して『桃太郎電鉄 教育版Lite ~日本っておもしろい!~』 (以下、『桃鉄 教育版』)のブラウザ版の制作を進めました。(ただし、現在の『桃鉄 教育版』はJavaScriptでリリース)
その後、『桃鉄 教育版』の制作を通してUnity上で構築したソースコードをベースに、『桃鉄ワールド』を制作したんです。
——制作にUnityを導入したこと以外に、『桃鉄ワールド』にはどのような特徴がありますか?
岡村:最大の特徴は「球体マップ」を採用したことですね。企画が立ち上がった直後、桝田さんから「地球儀を模した球体マップでいこう」という提案があり、本作の方向性が定まったのですが……球体マップを実現するのがとても大変で、開発は思うように進みませんでした。
その理由は、緯度が高くなればなるほど球体マップ上の表面積が平面マップより狭くなり、駅間の距離が近くなってしまうなど、従来の平面マップにはないさまざまな課題が発生したから。実は、発売日を1年ほど伸ばさなければならないのではないか、という話も出るほどでした。
結果的に当初の予定通りに発売できたのは、「Unityのおかげ」と言えると思います。さまざまなツールを内蔵していることも含め、やはりUnity内で制作を完結させられることは大きかったです。実際に、球体マップを3Dで確認しながら試行錯誤できたことが開発スピードの向上につながりました。Unityを導入したことが、今作の制作における最大のポイントでしょうね。
「一人ひとりに合った作業環境」をつくり、制作時間を短縮
——特に活用した機能や、制作に役立った機能があればお聞かせください。
岡村:まず挙げられるのは、ScriptableObjectですね。データベースにこの機能を採用したことで、駅やカードなどの多くのデータと、それに紐づくパラメータの管理がかなり容易になりました。
次に思い浮かぶのは、C# Job Systemです。「桃鉄」シリーズには各停車駅の情報などを詳しく見るための「虫眼鏡」という機能があるのですが、これを使用する際、多くのオブジェクトが映り込むため、描画負荷が高くなってしまうという懸念事項があった。そこでC# Job Systemを用いてマルチスレッドコードを実装し、フレームレートを安定させました。
それに、マテリアルカラーやテクスチャーのST値を利用して細かくアニメ設定ができるため、海などは低コストでイメージ通りの表現ができたことも大きかったですね。
他にも、ゲーム実行中のモデルにアクセスしてFBXを抽出し、Mayaに取り込んだ上で位置やサイズを調整できたことや、制作中のプレハブを強引に実行してプレイ中の環境下でも確認できることは、作業時間の短縮に大きく寄与してくれました。
——Unityを活用する上で、心がけていたことや工夫したことはありますか?
岡村:各ツールのウィンドウがカスタムしやすいので、エンジニアそれぞれが自分に合ったレイアウトを模索し、仕事がしやすい状態をつくった上で作業を進めました。また、用途に応じてウィンドウを広げられるので、開発画像を見ながら打ち合わせをするなど、さまざまな局面でその柔軟性を生かせたのではないかと思っています。
——今作の制作を振り返って、Unityを導入したメリットはどのような点にあったでしょうか。
岡村:やはり「広く使われていること」がUnityの良さだと思います。今回制作に携わったスタッフのほとんどが過去にUnityでの開発を経験していたため、とてもスムーズに意思疎通が図れたことが大きなメリットでしたね。
前作である『桃太郎電鉄 ~昭和 平成 令和も定番!~』は別の開発ツールで制作しましたが、Unityの豊富な機能のおかげで前作の表現を低コストで再現させつつ、柔軟に新しい要素を組み込むことができたと感じています。
「桃鉄」を未来につなぐために、まだやるべきことがある
——Unityに移植したことで、柔軟にさまざまな展開ができるようになったわけですね。
岡村:「桃鉄」には長い歴史があります。先ほども言及したように、第一作が発売されたのは1988年のことです。ですから、そこから脈々と受け継がれてきた「定番」のベースである“秘伝のタレ”は、C++ですらなくC言語でつくられたもので、「構造化って何ですか?」というレベルのものなんです(笑)。
それを“継ぎ足し”ながら「定番」シリーズを制作してきたわけですが、このタイミングで“秘伝のタレ”を紐解き、Unityに移植する選択をしました。その理由やメリットはこれまでお話した通りですが、50年先でも活用できるような盤石なシステムを構築できたわけではないと思っています。
今回Unity版「桃鉄」をリリースできたことは、私たちにとって大きな一歩です。しかし、時間の制約もある中での作業だったこともあり、チームからは「もう1度、イチからつくり直させてほしい」という要望をもらっているんです。
“秘伝のタレ”をベースにした「定番」はシリーズとして続けていきます。しかし、「桃鉄」というIPを未来につないでいくためにも、Unityを活用しながら『桃鉄ワールド』のような別ラインの作品もリリースし続けていきたいですね。
※Nintendo Switch は任天堂の商標です。