店舗でのクーポン利用率10%超!Unityで実現する“販促企画のDX”が、ローカルテレビ局のあり方を変える?

愛媛県で放送されている早押しクイズ番組『レデイゴー!テレビちゃん。早押しライブQ』(以下、『テレビちゃん。』)では、リアルタイムに専用スマホアプリから4択クイズに参加します。毎週金曜日18時55分の放送直前には、「あーゆーレデイ?」とアプリから通知が送られ、数千人の県民がテレビの前で待機しています。

『レデイゴー!テレビちゃん。早押しライブQ』放送中の画面

視聴者たちは本気です。なぜなら、このクイズ番組の勝者には、愛媛県民お馴染みのドラッグストア「レデイ薬局」で商品がお得に買えるクーポンをゲットできるからです。この番組を制作する「愛媛朝日テレビ」の玉井謙二さんと檜垣佳宏さんは、「お茶の間でテレビを囲んで、ワイワイと参加してくれる家族が多い」と話します。

近年は「テレビ離れ」が指摘され、WEBコンテンツとの可処分時間を奪い合う関係にあるといわれます。その中でも、同番組はアプリによって両者の連携を実現。数千人の視聴者が同時に使うこのアプリは、愛媛朝日テレビ技術局の黒河純さんがUnityを使ってほとんど一人で開発したそうです。

「テレビには本当に価値があるのだろうか」……いま、そんな悩みを放送業界の人々が抱える時代が来ています。とりわけ、全国各地に100局以上存在する「民放ローカル局」は次々と経営難に陥っており、その存在意義を問われています。

愛媛朝日テレビは『レデイゴー!テレビちゃん。早押しライブQ』という番組を通じて、地元流通企業とWin-Winの関係を実現し、ビジネスにおける地域密着型のエコシステムの構築に成功しています。

ローカルテレビ局が地元企業と手を取り合い、その地域に暮らす人々に恩恵をもたらす好例は、どのように生まれたのか。愛媛朝日テレビの玉井さん、檜垣さん、黒河さん、そしてレデイ薬局の小段鋭和さんにお話を伺い、この“販促企画のDX”について深堀りします。

目次

テレビの楽しみ方を一新する、「超テレビ連動」アプリ

──『テレビちゃん。』、私たちも金曜夜に参加しましたが、やはり早押しクイズは白熱しますね。どのようなキッカケでこの番組は生まれたのでしょうか?

玉井:突然ですが、皆さん最近テレビをあまり観なくなっていませんか? きっと2022年のFIFAワールドカップも、本田圭佑さんが解説するABEMAで観ていましたよね?

──(笑)。その通りです……。すみません。

玉井:いやいや、それでもいいんです(笑)。正直、本当に「テレビ離れ」はありますから。しかし、私たちはローカルテレビ局の社員。テレビの前に5分でも視聴者を戻すことが仕事です。その方法を頭を振り絞って考えて、生まれたのが​​『レデイゴー!テレビちゃん。早押しライブQ』です。

この番組は「愛媛県民全員参加型クイズ大会」です。つまり、テレビ番組というよりもイベントなんです。さらに、クイズの勝者は洗剤など日用品が実質無料でもらえるクーポンが獲得できる。これなら、皆さんが普段スマホで見ているYouTubeなどのコンテンツにも勝機があると考えました。

株式会社愛媛朝日テレビ 玉井謙二さん

──クイズ大会で勝てばドラッグストアで商品がもらえる。これは燃えますよね。最初にレデイ薬局にこの企画が持ち込まれた時、小段さんはどう思いましたか?

小段:その時は「ちょっと興味はある」程度でした。というのも、もともと私たちは『レデイ薬局公式アプリ』を運営しているのですが、テレビと提携すればアプリの会員数を増やせるかもしれないなと思ったんです。

ただ、実際にクイズに参加してみたら想像以上に面白かった。自宅に帰ってから『テレビちゃん。』アプリをダウンロードし、試しにテレビを観ながらアプリを操作していたら、私の子どもが「何してるの?」と興味を持ってくれて。大人と子どもが一緒にクイズで盛り上がる体験は、レデイ薬局にとっても好印象だろうと直感的に思いました。

株式会社レデイ薬局 小段鋭和さん

檜垣:その後、「ぜひやりましょう」と企画を受け入れていただけて嬉しかったです。「お茶の間で親子が一緒にテレビを観ながら参加できる」という感想はさらに嬉しかったですね。それがまさに僕たちが思い描いていた視聴者像でしたから。

小段:番組が始まってからは、レデイ薬局の従業員からも大絶賛されました。「毎週子どもと一緒に参加してます!」「先週のクイズで上位に食い込みました!」と、身近な従業員が楽しんでいる姿を見て、私も嬉しくなりましたね。

檜垣:わかります。僕も参加しているので(笑)。頑張ってクイズで勝ち取ったクーポンを持って、お店へ商品をもらいに行く体験が楽しいんですよね。

もう一つ楽しい要素が、“あたり”があること。店頭でクーポンを交換すると、たまに全額ポイントバックがついてくるんです。レデイ薬局で“あたり”と書いてあるレシートが出てくると、企画者である僕もすごく嬉しいんですよ(笑)。

小段:“あたり”は皆さん本当に喜んでくれますね。来店を促す要素の一つになっていると感じます。しかも、“あたり”の写真をSNSにアップしてくれることもあり、それがキッカケでさらなる視聴者が番組に参加してくれます。

──実際、どれくらいの人が早押しクイズに参加されているのでしょうか?

檜垣:現在、毎週クイズに参加してくれるユーザーは約2000人です。月に一度でもアプリを起動してくれる、月間アクティブユーザー(MAU)は7000人以上いますね。

注目すべきポイントは、ユーザーのアクティブ率がかなり高いことで、30〜40%もあります。これは『テレビちゃん。』アプリが、ただ早押しクイズに参加できるだけでは実現できなかった数字ですね。レデイ薬局さんとのコラボレーションが利用率を押し上げています。

株式会社愛媛朝日テレビ 檜垣佳宏さん

驚異的な「クーポン利用率10%超」

──獲得したクーポンはアプリ上に配信されますが、その利用データから実際にどれくらいの顧客が店舗まで足を運んでくれたのか、マーケティングとしていかなる効果があったのかまでわかるのでしょうか?

小段:はい、わかります。「『テレビちゃん。』アプリを使う顧客は来店頻度が向上する」というデータが出ています。「来店する回数が増える分、一回あたりの購入額は下がる」というデータもありますが、それでも結論は「月あたりの顧客単価が上がる」と非常にポジティブです。

さらに驚いたのが、クーポン利用率がきわめて高いことです。私たちは『レデイ薬局公式アプリ』でも商品クーポンを配布していますが、ほとんどの場合、こうした企業公式アプリでは実際のクーポン利用率は1%程度しかないといわれます。

しかし、『テレビちゃん。』アプリを通して配布したクーポンは、利用率が平均10%を超えている脅威の利用率を叩き出しています。

──すごい成果ですね……!他のアプリとそこまで顕著な差が出たのはなぜだと考えますか?

檜垣:先ほどお話したように、やはり「クイズで勝ち取った」「店頭で“あたり”が出る」などの体験設計がうまくいっているからでしょうか。

もう一つ理由を挙げるとすれば、クイズやアプリで商品を説明していることです。例えば、番組内では商品の特徴に関するクイズを挟んでいますし、アプリ内にあるミニゲームでも楽しく商品について知れるようになっています。

小段:それも私たちドラッグストアとしては嬉しいんですよ。というのも、最近の商品は「説明が難しいもの」が増えています。100円と300円の洗剤があったとして、300円の洗剤が画期的な良い商品だとしても、なぜ値段が高いのかは、店頭に置かれているだけではわかりにくいのです。その点を事前に紹介したうえで、手にとってもらえる機会になっているのですね。

檜垣:ちなみに番組の商品に関するクイズの正答率は高く、視聴者がしっかり商品の特徴を覚えてくれることがわかっています。視聴者に楽しく商品の特徴を伝えて、さらにクイズで獲得したクーポンを使って、その商品を実際に試せる仕組みになっている。

小段:マーケティング上のメリットも非常に大きいです。クーポン利用者の9割は、初めてその商品を使う人です。つまり、番組とクーポンを通して、どんどん新規顧客を開拓できる。

普段は100円の商品を購入している人が、300円の商品を試して「これは良いね」と継続するようになれば、顧客単価が上がって、さらに私たちの業績も向上すると期待しています。

『テレビちゃん。』とは、“販促企画のDX”である

株式会社愛媛朝日テレビ 黒河純さん

──少し値段が高くても良い商品が売れるようになるという話は、メーカーにとっても嬉しい話ですよね。

小段:『テレビちゃん。』の放送と連動した販売促進企画は、消費財メーカーからも非常に評判が良いです。なにしろクーポン利用率が10%以上もあり、その後の商品の売れ行きが良くなるものですから。最近は消費財メーカー各社から「この商品を取り上げてほしい」という要望をたくさんいただくようになりましたね。

──そこまで反響が良いと、「番組内の宣伝の方がテレビCMよりも効果があるかもしれない」と、テレビ局の既存事業に悪影響を及ぼす可能性はないのでしょうか。

黒河:おっしゃるとおり、レデイ薬局さんとはテレビCMの広告出稿などでも長くお付き合いをしていますから、その関係性を壊すわけにはいきません。そこで正直に申し上げると、実は『テレビちゃん。』はレデイ薬局さんから広告費をいただいていないんです。その代わりに、消費財メーカー側から「販売促進費」を頂戴する形で運用しています。

もともと『テレビちゃん。』は、玉井・檜垣・私の3人が所属する「事業創造部」の新規事業として立ち上がっています。この部署は、いわば愛媛朝日テレビの社内ベンチャーで、「放送事業だけでは右肩下がりになってしまう」という局内の危機感から生まれています。

これまでのテレビ局は、テレビCMなど広告費を中心とする利益で経営されてきました。しかし、私たちに課されたミッションは、テレビ局の新たな収益化の方法を模索すること。新番組というよりも、ビジネスモデルそのものを発明する必要があったんです。

そこで着目したのは、テレビ局が抱える課題である「広告効果の数値化」です。従来のテレビCMでは、大きなマーケティング費用が投下されながらも、「この顧客はCMを見て来店した」という効果測定は困難だったんです。しかし、テレビとスマホアプリ、店舗のPOSなどが連携すれば、テレビ放送の効果がわかるはず。そこで「超テレビ連動アプリ」という『テレビちゃん。』のコンセプトが生まれたんです。

──アプリのデータを見れば「この顧客は番組を見て来店した」「番組のおかげでもっと売れるようになった」という成果が明確に示せるようになるかもしれない、と。

黒河:そうなんです。これをマーケティング用語で言う「購買ファネル」で考えてみましょう。従来のテレビの販促企画ができるのは、「PR・認知獲得」までだった。すなわち、「この商品は良いですよ」「ドラッグストアに行けば〇〇ポイント分キャッシュバックします」と、テレビCMを流すところまでだったわけです。

しかし、『テレビちゃん。』では今まで最後のブラックボックスだった「実際にどれぐらいの人が影響されて購買行動を起こしたか」がわかります。「クーポンを使うために店舗に足を運ぶ」というユーザーの行動導線をつくり、そのデータを可視化できたからです。

このビジネスモデル設計は、一つの“発明”だと私たちは思っています。『テレビちゃん。』とは、“販促企画のDX”なんです。

──大変興味深いお話です。先ほど消費財メーカーから「販売促進費」をいただいているとお話されていましたが、視聴者の購買行動がデータ化できているからこそ、『テレビちゃん。』に喜んでお金を出してくれると。

黒河:そこも重要なポイントです。レデイ薬局さんのような流通・小売企業から広告費をいただくのではなく、メーカーからの費用で番組を収益化するためには、従来型の販促企画のやり方を一新しなければなりません。

というのも、メーカーの販促担当者は「どんな施策によって、何がどれくらい売れたのか」「その施策にどれくらいコストがかかったのか」という社内への説明責任があります。世の中にクーポンを配布できるアプリはたくさんありますが、小段さんがお話されたように、そのほとんどが「クーポン利用率1%未満」の状態です。それではメーカーはお金や商品を提供してくれませんよね。

これまでテレビ局が「テレビの力は認知・PRまで、その後のことは測定できません」と言ってしまっていた価値観を、『テレビちゃん。』は変えられると思います。なぜなら、レデイ薬局さんの例のように、「テレビ番組には人を動かす力がある」と私たちがデータで証明できたからです。

ローカル局が向かうべき、「地域内エコシステム」の構築

──ここまでの話をまとめると、『テレビちゃん。』はテレビ番組とアプリを通じて、地元企業やメーカーとのWin-Winな関係構築に成功しています。「テレビ離れ」や右肩下がりの放送業界への危機感など、さまざまな課題もありますが、ローカル局は「地域密着型」のマーケティングにもっと活路を見出せるかもしれない。

玉井:そう思います。『テレビちゃん。』の事例は、ローカル局が流通企業とタイアップして、放送からアプリ、そして店舗へと続く「地域内エコシステム」を構築する試みといっても過言ではないかもしれません。

──地元企業と手を取り合い、その地域に暮らす人々に恩恵をもたらす「地域内エコシステム」を作る上で、他のローカル局にアドバイスできることはありますか?

黒河:同じことを日本全国でやれば、技術やビジネスモデルとしては日本全国で「地域内エコシステム」を生み出せるでしょう。例えば、『テレビちゃん。』のアプリはUnityで開発していますが、このアプリ自体も真似して作り出せるかもしれません。

しかし、現実はそう簡単ではありません。ビジネス面の調整が難しいんです。パートナーである小段さんが私たちをしっかり支えてくださり、玉井や檜垣が時間をかけてビジネス的な調整をしたからこそ、今のバランスが成り立っています。

ドラッグストアだけでなく、スーパーやコンビニ、その他の小売店……。ローカル局が地元の流通企業と手を組む可能性はたくさんありますが、大切なのはパートナー企業の業界構造や文化を理解して、しっかりと二人三脚になることですね。

──ありがとうございます。最後に、今後の『テレビちゃん。』の目標について教えてください。

玉井:「まだテレビちゃんを知らない人にいかに知ってもらうか」が大切です。臨場感や参加感、ワクワク感はうまく提供できていると思いますし、テレビの前で体験さえしてもらえれば、レデイ薬局さんに足を運んでくれる確率が上がりますから。「入り口をどれだけ広げられるか」が次の勝負になるはずです。

テレビとWEBのハイブリッド施策として、「テレビで何かをやることは、まだまだ有効なんだ」と今後も示していきたいですね。

※『テレビちゃん。』のUnity採用事例記事はUnity for Proでも掲載しています。Unityを採用した理由、Unityで開発したメリットなどを紹介しています。

(文・石田哲大/写真・木村文平)

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