サマリ
「暗黙知を民主化する」をミッションに掲げ、主に建設領域のDX事業などを展開する株式会社Arentは、2020年7月にプラントエンジニアリング業界大手の一社である千代田化工建設株式会社との合弁会社PlantStreamを設立しました。そして、2021年4月、同社は空間自動設計システム『PlantStream®』をリリース。
このプロダクトは、属人化していたプラント設計のノウハウをシステムへ落とし込むことによって設計の自動化を実現し、プラント建設の大幅な効率化に貢献しています。この『PlantStream®』の開発には、Unityが導入されています。プラントという巨大な構造物の設計を自動化する上で、Unityは開発体制の拡充を容易にし、他のCADにはない軽い使い心地を実現するといったメリットがありました。
成果
- 属人的なプラント配管設計のノウハウをソフトウェア化するにあたり、PoC段階からUnityで制作したプロトタイプを開発パートナーであるプラント建設会社と共有。開発初期段階から目線を合わせることで、精度の高いプラント配管設計を自動化するソフトウェアをスピーディーに実現した。
- Unityを採用したことで、CADエンジニアではなくC#エンジニアで製品開発を推進することができ、開発人材の確保・体制拡大が円滑に進んだ。また、OSごとのアップデートへの対応コストもUntiy採用によって軽減できた。
- プラントの大型化に伴い設計ミスがスケジュールやコストの面で大きな影響を与える可能性のある分野で、緻密な計算によるプラント配管の自動化を実現させたソフトウェアの登場は業界へのインパクトも高く、世界中から多くの顧客を獲得できた。
設計ミスが「命取り」に。プラントエンジニアリング業界が抱えていた課題
かつて紙と手によって進められていたプラントの設計は、3D CADが主流になり、その精度と効率は大きく向上しました。しかし、それでも設計には膨大な時間を要することが多く、また設計自体が属人化してしまっており、結局は人の手による作業となるため、ミスを完全に防ぐことはできません。設計ミスが発生すると工事が遅延し、工費が当初の予定よりも増大してしまうだけではなく、工場の稼働開始が遅れることによって大きな損失が発生することにつながります。
設計ミスに起因する問題はしばしば起こりましたが、業界全体として何とか対処してきたのが従来の状態でした。しかし、昨今では工費が1兆円を超えるようなプラントの大型化が進み、小さな設計ミスでも損失が非常に大きな金額になってしまい、企業の経営に大きなダメージを与えることも珍しくありません。そのため、業界内ではプラント設計の自動化と正確性の向上を実現するプロダクトを期待する声が高まっていました。
プラント設計特有のノウハウを実装したプロダクトを目指して
そのような現状を踏まえ、過去には設計を自動化するプロダクトがいくつかの会社より生み出されましたが、その精度は高いとは言えないものでした。その理由は、プラント設計における細かなノウハウを取り入れられていなかったから。特に、プラントの配管設計においては「最短ルート」を導き出し、そのルート通りにパイプを巡らせればよいわけではありません。たとえば、高温を発する機材を避けてパイプを配置しなければならないなど、プラント設計特有の事情と、その事情を設計に落とし込むノウハウが存在するのです。
プラントエンジニアリング業界の国内大手の一社である千代田化工建設は、設計の自動化を進めるため、さまざまなプラント自動設計プロダクトを導入したものの、やはり実際の現場に導入するのは難しいという結論に至りました。そこで、自動設計ツールを内製するプロジェクトを開始。そのパートナーに選定されたのが、Arentです。
プロジェクトがスタートした2018年当時、Arentは主にゲーム開発事業を展開していましたが、自動車設計に使用するCADを開発する企業からスピンアウトして創設されたため、社内には複数のCADエンジニアが在籍。千代田化工建設が目指している設計自動化の要望にマッチしていたことから、要望に応えられるのではないかとパートナーとして協働することを決定しました。
PoC段階でUnityを導入し、アウトプットイメージを明確化
Arentは2012年より、簡単な操作と短い時間で楽しめるスマートフォン向けの「ハイパーカジュアルゲーム」を中心に開発する方針を採り、ゲーム開発事業を開始。さまざまなゲームエンジンを試用した結果、Unityが最も開発方針にフィットすると判断し、Unityのみでゲーム開発を進めていました。
そして、千代田化工建設とのプロジェクトにもUnityを導入。そのきっかけは、PoCのフェーズで千代田化工建設側に「どのようなことを可能にするプロダクトなのか」を、ビジュアライズして示すためでした。Arentで取締役を、千代田化工建設とArentの合弁会社であるPlantStreamで代表取締役 Co-CEOを務める織田岳志氏は、プロジェクト開始当初を振り返り、「Arentのエンジニアが千代田化工建設に赴き、プラント設計のノウハウをヒアリングしてソフトウェアに反映することを繰り返しながら開発を進めていたが、早い段階で『結局、どのようなことができるようになるのか』を見せる必要があると考えた」と言います。
そうして、Unityを活用して実際の設計画面を作成し、千代田化工建設に提示。織田氏は「紙やスライドではイメージしづらい3Dのアウトプットをビジュアライズしたことで、先方からはとてもよい反応が得られ、プロジェクトが円滑に進むきっかけになった」と、プロジェクトの初期段階でUnityを導入したメリットを語ります。
また、最終的にはフレームワークを内製することを前提にPoC段階でUnityを導入したものの、開発を進める中で「Unityがあれば理想的なプロダクトになる」と確信し、実際の製品にもUnityを活用。開発は順調に進み、2021年4月、空間自動設計システム『PlantStream®』は正式リリースに至りました。
Unity導入の最大のメリットは「開発体制の拡充が容易になること」
織田氏は『PlantStream®』の開発にUnityを導入した最大のメリットとして、「人材確保が容易になったこと」を挙げます。CADでソフトウェア開発することの難しさの一つは、人材確保にあります。CADを操作するのみならず、CADソフト自体を開発するスキルを持ったエンジニアの全体数は多くありません。そのため、開発体制を整えることがCADソフト開発を進める上での壁になります。しかし、「Unity(C#)で開発を進めていることを伝えると、話を聞いてくれるエンジニアが格段に増え、体制を拡充する上でUnityの寄与度は高かった」と織田氏。
現在、『PlantStream®』は外部のパートナー企業も含め、数十人を超える体制で開発を進めており、この体制はプロジェクトが開始されてから早期に構築が完了。「元々、CADを開発していたメンバーもいるが、その比率はかなり低く、ほとんどがゲーム開発など他領域でUnityに触れていたメンバーだ」と言います。
織田氏自身は、ArentにジョインするまでUnityに触れたことがなかったそうですが「入社1週間ほどで基本的な操作は習得できた」とし、「ある程度のプロトタイピングに関する知識があれば、すぐに活用できることがUnityの特徴であり、その特徴が採用面での優位性を生んでいる」と語りました。
また、自前のプラットフォームをベースにソフトウェアを制作した場合、使用デバイスのOSアップデートで不具合が生じることがありますが、UnityはOSアップデートに自動で対応。使用GPU/CPUの種類・バージョンといったユーザーのシステム構成に起因する問題も起きにくいのもポイントです。「『PlantStream®』を導入いただいているクライアントからも『品質が良い』という声をいただいている」と織田氏はプロダクトへの自信をのぞかせます。
千代田化工建設と共にプラントエンジニアリング業界をリードする日本を代表するエンジニアリング会社各社でも『PlantStream®』が使われており、競合他社も採用しているという事実が品質の高さを物語っています。
ゲーム開発で培ったユーザーフレンドリーなUIが、産業用ソフトウェアを変える
プラントエンジニアリングという、Arentにとってはまったく未知の領域向けのソフトウェア開発でしたが、「その開発過程で壁を感じたことはなかった」と織田氏。開発がスムーズに進んだからこそ、業界特有のノウハウの落とし込みなど、プロダクトの成否を分ける重要項目に注力することが可能になりました。
また、「ゲーム開発を手掛けていたからこその強みを発揮できた」とも言います。既存のCADソフトはユーザーにとって親しみにくいUIになっていることが多く、ツールを活用できるまでに長時間のトレーニングが必要でした。しかし、『PlantStream®』ではゲーム開発で培ったユーザーフレンドリーなUIを採用したところ、多くの「使いやすい」という声が聞かれ、短時間のトレーニングでも活用できるようになる点が喜ばれているようです。
「ユーザー側も3Dゲームに親しむ人が増えているからこそ、産業用のソフトウェアでもゲームライクなUIや操作感が求められるようになっているのではないか」と、織田氏は産業用ソフトウェアに対するニーズを分析します。
他のCADソフトにはない、軽い使い心地を実現
また、プラントは巨大な構造物であるため、一般的なCADソフトではファイルの容量が大きくなりすぎ、操作性に難が起きるといった問題が生じます。織田氏は『PlantStream®』でも同様の問題を予想し、描画性能へ不安を抱いたそうですが杞憂に終わりました。「UnityがうまくLOD(Level of Detail)やカリングを施してくれているからこそ、その不安は払拭できた」。クライアントからも、「他のCADソフトよりもサクサク動く」という評価につながっています。
ただし、課題がないわけではありません。より大きなプラントの設計に活用する上では、ファイルのサイズやメモリの使用量、表示の遅延などが問題になるのは間違いなく、今後はその問題を解決することによって、より快適で汎用性の高いプロダクトの実現が期待されます。
『PlantStream®』が、巨大な建設産業を変える
現段階の『PlantStream®』の用途は、初期段階の「大まかな設計」がメインです。織田氏は「より精密な設計にも活用できるプロダクトにするために、日進月歩で進化するUnityの最新機能をキャッチアップし、それらを活かす必要がある」と、今後の展望を語ります。
自動化が進む建設業界ですが、まだまだ手作業が残っているのも事実です。『PlantStream®』に期待されるのは、建設業界の自動化を推し進め、人間が人間にしかできない仕事で、存分にその力を発揮できる環境をつくることなのでしょう。
最後に、織田氏はゲーム以外の産業でUnityの活用を検討しているユーザーに向けて、こんなメッセージを寄せてくれました。「とにかく、まずはチャレンジしてもらいたい。Unityの活用方法は無限にある。実際に使ってみると、驚くほど簡単にイメージ通りのものが作れるはずなので、まずは触れてみることから始めてほしい」。