Volca株式会社(以下、ボルカ)はUnityを制作の基盤に置くCGプロダクション。アニメーションを中心に、実写映像のエフェクトやVR・ARコンテンツなど幅広い作品を手がける。
直近では株式会社ベネッセコーポレーションが提供する小学生向けの通信教育『チャレンジタッチ』の販促DVD映像を担当。Unityを駆使して効率的に作り上げたという。
「Unityありきで会社を設立しました」と語るのは代表取締役の加治佐興平氏。チャレンジタッチの事例を元に、映像制作におけるUnityの利点や活用の展望を語っていただいた。
ゲームエンジンによる効率化、ビジネス機会の拡大
──はじめに、Unityに特化したCGプロダクションを立ち上げた経緯を教えてください。
加治佐:前職でもゲームエンジンを使ったCG映像制作に携わっていました。
そのうちに「最初からゲームエンジンを中心技術として活用する前提で会社を興したら、映像制作のプロセスやビジネスはどう変わるのだろう」と好奇心が湧いてきまして。ゲームエンジンに特化したCGプロダクションの設立に至りました。
──ゲームエンジンのどういった点に可能性を感じていたのでしょうか?
加治佐:一つは映像制作の効率化です。ゲームエンジンではリアルタイムレンダリングにより、作業中の映像をすぐにプレビューできます。レンダリングやコンポジットに割いていた時間が不要になるうえ、それらを待たず、ライティングやエフェクトなどを並列に進められる。プロセスの高速化につながり、より多くの作品を手がけられると期待していました。
もう一つはビジネス機会の拡大です。ゲームエンジンで作成したデータは、マルチプラットフォーム対応が容易ですから、ゲームやアニメーション、VR・ARコンテンツなど、他のアウトプットにも転用しやすい。一つの映像作品から、より多様なビジネスを展開できるのではと考えました。
──ゲームエンジンのなかでもUnityを選んだのは、どういった理由から?
加治佐:前職でUnity Japanのメンバーとやり取りをさせていただき、課題に寄り添い、一緒に解決策を探してくれる姿勢にとても好感を抱いたためです。
また、C#を書いて独自機能を追加できる拡張性も魅力です。他のゲームエンジンに比べて、開発のハードルが低く、自由度が高いと感じていました。
Unityの機能を最大限活用し、イテレーションを高速化
──『チャレンジタッチ』販促DVD映像の概要や制作期間、体制について教えてください。
加治佐:タブレットを中心に学ぶ通信教育『チャレンジタッチ』を、子どもへ楽しく紹介する6分半の映像です。
制作期間は全体でおよそ3ヶ月。脚本や絵コンテ、モデリング、セットアップを終えて、残りの期間は1ヶ月ほどでした。リアルタイムレンダリングの利点を活かし、レイアウトからアニメーション、ライティング、エフェクトなどを並列で進めました。プリレンダーを用いていたら2倍以上は時間が必要だったと思います。
体制は、社員8名に海外の協力会社のスタッフを合わせて11名でした。
・ディレクターとCGディレクター:1人
・進行管理:1人
・アートスタッフ:1人
・TA:2名
・モデラー:3名
・レイアウトとアニメーション:3名
一度だけ国内のメンバーで対面ミーティングを開きましたが、それ以外はすべての作業をリモートで進めました。ゲームエンジンでの映像制作は、プリレンダーを用いるよりも扱うデータ総量が少なくなる傾向にあり、その点でもリモートワークとの親和性は高かったです。
──短い期間のなかで、いかに制作を効率的に進めましたか?
加治佐:先ほども述べた通り、リアルタイムレンダリングによって、アニメーション以降の工程を並列に進められたのは大きいです。
もう一つ重要だったのは、並列に作業するメンバー全員が最新の状態をプレビューし、イテレーションを回せるようにすること。そのために「Unityで可能な作業はUnityで」という方針にしました。
──具体的に活用された機能をお聞きしたいです。
加治佐:タイムラインは欠かせないですね。オブジェクトのアニメーションやエフェクト、音声などをTimelineエディターで配置・編集し、シーンを作成できる機能です。
たとえば、キャラクターの周りで「文字の輪」が動くアニメーションは、エディター上でオブジェクトにアニメーションを追加する機能を使いました。
顔のパーツ配置がおかしくなるエラーが起きた際も、タイムラインのオーバーライドトラックを使いました。Timelineエディター上の操作だけでアニメーションを上書きできるため、アニメーターに修正を依頼せず、作業を終えられました。
タイムラインと同じくらい活用したのはプレハブですね。これはオブジェクトをPrefabとして作成・保存し、再利用できる機能です。
特に2020年にリリースされたプレハブバリアントは、一つのPrefabをベースに微細な違いのあるPrefabを作成できるため、シーンを構成するショットを量産するのに大活躍でした。
──タイムラインやプレハブなどUnityの標準機能を使いこなしていますね。
加治佐:そうですね。あまり複雑な設定やカスタマイズはしていないです。
複雑にすればするほど、ゲームエンジンを映像用に使う旨味が無くなる場合があるからです。
最低限度の自動化やツール開発に留めるようにしています。
全ショットのライティングもUnityのリアルタイムライティングを使っています。フレーム毎にリアルタイムでライトを処理してくれるため、プリレンダーによる制作に比べてライティングの工数を半分以下に抑えられました。
今回の映像はセリフが多かったのでOculus Lipsync Unityも助かりました。キャラクターの口の動きを音声に合わせて自動処理できる機能です。より自然なアニメに近い口の動きを表現するため、スクリプトを一部書き換えて使っています。全体の7割ほどの処理を自動化でき、アニメーターの負荷を下げられました。
チームメンバーの技能、アウトプットの幅が広がる
──今回の案件に限らず、Unityを使う際に大切にしていることはありますか?
加治佐:プリレンダーで可能なワークフローをそのままUnityでも再現するようにはしないことです。まず、表現したいものを考え、その次にUnityの設計思想や機能に合わせて、何を、どのように使って表現するかを検討しています。
あとは物理的に正しく、綺麗な絵を作ること。UnityのHDRP(物理法則にもとづく高品質なレンダリングを可能にする)やポストプロセス(レンダリングした画像にエフェクトを適用する処理)の設定にはこだわっています。
(HDRPを用いた高品質な映像制作についてはUnite Tokyo 2019でもお話いただいた)
──Unityを業務の中心におくことを徹底されているのですね。
加治佐:プロジェクトの進め方や会社の方針などもUnityと親和性の高いものになっていますね。
私がゲームエンジンを映像制作に利用したいと考えた理由は、たくさんの映像を作りたかったからです。それをマンガ制作の現場のように、少人数で次々に手がけられる体制を実現したい。
そして、小規模で効率的に映像を作るためには、少人数で複数の作業を並列に進められることが重要であり、一人ひとりがよりフレキシブルに動けることが重要です。そのため、弊社のメンバーには「やったことのない領域にも恐れずに積極的にチャレンジしよう。失敗しても責任は私が取るから」とよく伝えています。
そのような方針のおかげか、実際にボルカには幅広い技能を持つメンバーが多いですね。ゲームの開発担当がキャラのルックやARコンテンツを作れたり、進行担当がゲーム内の映像も制作できたり。全員がジェネラリストというわけではありませんが、Unityを触っているうちにジェネラリストへ育っていく人が多いです。かと言って、専門領域で彼らの能力が劣るわけではないので、人の可能性を深く広く広げる意味でも良いと思っています。
──メンバーの持つ技能の幅が広がると、アウトプットの幅も広がりそうですね。
加治佐:まさにそれを期待しています。
個人的にUnityでの映像制作は即興料理に近いと感じます。手元にある材料を使って、何の料理をどのように作るのか柔軟に発想する。作る料理を決め、材料や手順を選んでいく場合よりも、最終的なアウトプットの幅が広がります。
これからもそうした強みを最大限に活かし、Unityに特化したCGプロダクションならではのアウトプット、価値を生み出していきたいですね。
──最終的なアウトプットからではなく「Unityの強みを活かすには?」から発想するというお話、効率的な映像制作を実現するうえで大いにヒントになりそうだと感じました。今日は貴重なお話、どうもありがとうございました!