開発期間は「半年未満」…21万人を集めた東京ゲームショウVR 2021を支えたUnity活用事例

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2021年9月、「TGSVR2021(TOKYO GAME SHOW VR 2021)」が開催されました。

コロナ禍によって、2020年からオンライン開催となった東京ゲームショウ(以下、TGS)ですが、昨年は史上初めて仮想空間上でも併催となりました。

来場したのべ21万のユーザーは、VR空間上に設置された企業ブースを巡り、ゲームの最前線に触れました。この仮想空間の設計において、中心的な役割を担ったのが、ambrとディフューズ・エンタテイメントの2社。そして、TGSVR2021のアプリ開発にはUnityが用いられました。

本記事でお話を伺ったのは、ambr代表取締役CEOの西村拓也さんと、取締役CTO藤田裕介さん、ディフューズ・エンタテイメント代表取締役の今村理人さん。仮想空間上でのTGS開催という壮大なチャレンジと、Unityが担った役割について聞きました。

(ambr代表取締役CEO西村拓也氏、取締役CTO藤田裕介氏、ディフューズ・エンタテイメント代表取締役今村理人氏)
目次

TGSをVR空間で「ゲーム化」する体験設計

──TGSVR2021のコンセプトからお聞かせ下さい。

西村:最初に考えたインナーコンセプトは「ゲームショウがゲームになる」です。共に企画を担当した電通グループや、TGSVR2021のクリエイティブディレクターであり、現在は弊社のCXOを務める番匠カンナを含むambrチーム、このコンセプトをベースに体験を組み立てていきました。

しかし、設計を進める中で今村さんから「今回の主役は、出展企業のコンテンツか、TGSVRとしてのゲーム的要素かどちらなのか?」と。その問いをきっかけに、来場者のニーズについて議論をし直しました。やはり来場者が最も求めるのは企業の出展コンテンツを楽しむことや、ゲームの最新情報。あくまでもそれらを楽しむためのサポートとしてゲーム要素を取り入れる方針で、設計を進めていきました。

──「ゲームショウがゲームになる」というコンセプトは、VR空間で来場者が楽しみながらゲームに関する情報を得るための手段であると。

西村:はい。その後、来場者同士の「つながり」がイベントを楽しむことに繋がるのではないかと考え、「企業ブース」「来場者コミュニケーション」「アイテムを収集するためのゲーム」といった3つの要素を重視しました。

具体的には、来場者は企業ブースを訪れることで情報を得ると共に、各ブースでしか得られないアイテム、たとえばアバターが着用するTシャツなどを手に入れられるようにしました。Tシャツの着画をSNSにアップすることもできますし、会場では「そのTシャツはどこのブースで手に入るの?」といったコミュニケーションが生まれる。

ゲーム感覚でアイテムを集め、そのアイテムがコミュニケーションを促進し、「楽しいからもうちょっとブースを回ってみようかな」と思える。そんな体験の設計を目指しました。

VR空間に、リアル空間の賑わいとワクワク感を再現する

──来場者を楽しませる仕掛けとしては、他にどんなものがあったのでしょう?

今村:来場者はエントランスからつながるトンネルを抜けると、「コア」となる企業ブースが並ぶメインの空間に到達します。コアに踏み入れた瞬間にワクワク感を得てもらえれば「勝ち」と思っていたので、それを醸成するためには、エントランス内にも工夫をこらさなければならないと考えました。そこで、歴代TGSのポスターをエントランス内に配置したんです。

そうすることで、過去のTGSに参加した方であれば、リアルな会場での思い出を振り返りながら、VR空間で開催される新たなTGSでの体験に突入してもらえるのではないかと。

──リアルなTGSとの繋がりを意識してもらえるような導入になっている。

今村:体験設計に関する議論の中で、「幕張メッセ※1を再現する」というアイデアが浮かびました。人がごった返している感じや、ブースの盛り上がりをVR空間でも再現したいと。しかし、VR空間でリアル空間と同じことをやっていても発展性に乏しい。

そこで、行き止まりがない円環状の空間を設計しました。行き止まりがある複線的な導線だと、興味のないブースには「寄らなくてもいいか」となってしまいがちですが、円環型の単線的な導線にすることで、全てのブースを見てもらいやすくなる。それに、空間を奥まで見渡せることで「次にはあの企業のブースがあるな」「あそこにたくさん人がいるな」と、賑やかさを感じてもらいやすくなるのではないかと。

(※1 1997年から2019年まで、TGSは幕張メッセで開催されていた)

また、会場内に配置した立体モーショングラフィックスもワクワク感のための工夫の一つ。

今村:リアルな会場で印象に残る要素の一つとして、出展各社が大きなモニターを使って映し出すゲーム映像などの動画が挙げられると思うのですが、VR開催ではそのインパクトを再現できない。それを代替する仕掛けとして思いついたのが、立体モーショングラフィックスだったわけです。

コアの壁面をスクリーンにして、立体映像を映し出すアイデアです。ただ、動画ファイルを再生してしまうと、それだけ処理に負荷がかかってしまう。そこで動画ではなく、Unity上で文字を打ち出し、一つひとつにアニメーション機能で動きを付ける形で実現しました。この方法だと、Unity上で細かな調整が可能なこと、ファイルサイズの影響を受けない軽い処理で済むことなどのメリットがありました。

開発期間は半年未満。異例の短納期でTGSVR2021を開催できた理由

──TGSを再設計するようなプロジェクトだったと思うのですが、企画を開始したのはいつ頃だったのでしょうか?

西村:VR開催というアイデア自体は、TGS2020が開催される少し前から存在していました。しかし、そのアイデアが生まれたのが開催直前だったため、2020年は見送りとなり、2021年で実現しようという流れになったんです。

実際にVR開催に動き出したのが2020年の12月くらいだったと記憶しています。そこからコンセプトに関するディスカッションを重ねたり、ステークホルダーへの説明をしたりする期間を挟んで、実際に開催が決定したのが2021年の4月頃。それから開発を始めていきましたが、本格的にアクセルを踏んだのはもう少しあとですね。

──では、実質的な開発期間は半年未満? かなり短いように感じるのですが。

藤田:そうですね。TGSVR2021規模のVR空間イベントであれば、企画で2〜3ヶ月、開発に6〜8ヶ月で、1年弱程度の準備期間を確保するのが一般的ではないでしょうか。

──なぜ、短い準備期間でTGSVR2021を開催できたのでしょうか?

西村:開発の下地があったことは大きいと思っています。私たちはVR SNSである『ambr』を開発・提供しており、数百人から数千人が同時にプレイするVR SNSのサーバーを構築し、運営している点では「ゼロからのチャレンジ」ではなかった。

藤田:それに、TGSVR2021の前に、別案件でVRの合同展示会の開発プロジェクトを経験していました。そのときに得た知見が、準備期間の短縮に大きく寄与してくれました。

西村:しかし、「TGSのVR化」に関しては、当然何の知見もありません。コンセプト作りから体験設計まで、何から何まで考えていかなければならなかった。特に、弊社では開発のエンジニアが中心で、CG制作のメンバーは現状多くありません。そこで一緒に取り組ませていただいたのが、数多くのVRイベントを成功に導いている、今村さん率いるディフューズ・エンタテイメントです。

今村:VRイベントを開催した経験もそうですし、僕自身がゲーム会社のセガで10年以上働いた経緯があり、TGSには出展者側として長く関わっていたんです。だから「TGSのVR化」にも比較的アイデアが出しやすかった。

VR SNSを運営してきたambrと私たちの知見がうまく組み合わさったから、短い準備期間でも開催できたのだと思います。

「Unity以外の選択肢は考えられなかった」

──VR空間の設計には、Unityを導入いただいたと聞いています。なぜUnityを選んだのでしょうか?

藤田:Unityを利用するのは自然な流れでした。ambrは創業してすぐにUnityを導入しましたし、私個人としても前職時代から利用していて、非常に使いやすい優れたツールだという印象を持っています。だから、TGSVR2021の空間設計においてもUnityを利用するのが当たり前の流れだったというか。

今村:同様の認識ですね。TGSVR2021の空間を設計するためのツールという意味では、むしろUnity以外の選択肢は無かったのではないかと思っています。なぜなら、全ての関係者にとって初めてのチャレンジだったので、どうしても手探りで設計を進めていくしかなかった。

藤田:そういった状況においては、「簡単に繰り返し調整できること」の重要性が高くなります。Unityを使えばエンジニアだけではなく、プランナーなども交えて調整を繰り返しながら、少しずつ設計を進めることができるので、非常にありがたかったですね。

──具体的には、どのような機能が役立ちましたか?

今村:CGデータ制作という意味では、Unity Collaborateですね。最大のメリットはルックチェックから動作確認までをワンストップで、しかも離れた作業者との共同作業を可能にしてくれること。2〜3年前から比べると効率は格段に上がりましたし、この機能が無ければ開発はかなり遅れていたでしょうね。

藤田:手戻りの少なさも、開発スピードを上げることに繋がりました。プランナーチームの設計に沿ってディフューズ・エンタテイメントさんがCGを組み上げていくわけですが、『Maya』などで制作したCGをUnityにインポートすると見え方が異なることがあり、手戻りが発生することも少なくありません。その点、今回はディフューズ・エンタテイメントさんの方でもUnityを活用してCGを構築してもらっていたので、CG制作サイドの意図に反するようなルックの差異が発生せず、手戻りを最小限に抑えられました。

──出展企業ブースも運営側が制作したのでしょうか?

藤田:ブースに関する機能は弊社で実装しました。CGは各社様にリファレンスをご提供いただきつつ、基本的にディフューズ・エンタテイメントさんに制作進行をお願いしています。

多数のブースの機能実装とCG組み込みを進めていく必要がある中で、役に立ったのがUnityのNested Prefabs機能です。基本機能はコンポーネント化し、基本的な使い方を共有した上で、出展社ごとにPrefabを作って、固有の機能はPrefab上で制作してもらったんです。そうすることによって、多数のブース制作を同時並行で進めることができました。

多数の企業が出展するため、組み込むべきアセットの量も膨大なものになります。それらのテクスチャーを一つひとつ調整するだけでもかなりの仕事量になってしまいますし、ブースにデータを紐付ける作業をこちらのエンジニアがやっていると、間に合わないことは明白でした。作業を分散させることを前提に開発体制を構築できたことは、今回の大きなポイントになったと思います。

──Unityも短い準備期間での開催に貢献していたわけですね。

今村:機能面ではなく、業界のスタンダードツールになっていることもUnityを導入したメリットだったと思います。企業側からお預かりしたCGデータの半分ほどが、そもそもUnityで制作されたデータでした。もちろん、多少の調整が必要なデータもありましたが、スムーズにコンバートできたので助かりました。

日本から世界へ。最高の「仮想空間体験」を届ける

──多くの苦労があったと思いますが、のべ21万人の来場者を集め、TGSVR2021は大きな成功を収めたと言えるのではないでしょうか。

今村:そうですね。でも、達成度は20〜30%程度かなと感じているんです。技術的な制約もあり、多くのアイデアを実現できなかったので。ただ、そういった認識をポジティブに捉えれば、来年以降はまだまだチャレンジできることがあるわけです。

今年度に実現できなかったアイデアを形にして「展示イベントのVR化」と聞けば思い出される事例となり、業界のデファクトスタンダードになっていきたいですね。

藤田:「ゲームショウがゲームになる」というコンセプトは気に入っていますし、実際に多くの来場者がアイテム集めを楽しんでくれたのは、とても嬉しかった。ただ、もっとテーマパークのような、会場に足を踏み入れた瞬間に「これまでのイベントとは全く違う!」と思ってもらえるようにしていくことが、次回以降の目標です。

西村:今後力を入れていきたいのは、企業ブースをより魅力的にすること。来場者がブースを訪れて「この会社のゲームがやっぱり好きだな」「このゲームやってみたいな」と思ってもらうことが一番なので、企業やゲームの魅力を引き出すブース作りに取り組みたいですね。

具体的には、今年度もブースにキャラクターを置いている企業もあったのですが、キャラクターがもっと動いて来場者とコミュニケーションを図れるような、インタラクティブなコンテンツを増やすことにチャレンジしたい。

そして、海外ユーザーも取り込んでいきたいですね。今回は国内からのアクセスがほとんどで、それは海外向けにPRをしていなかったので当然の結果ではあるのですが、世界三大ゲームショウ※2の中でも最初にVR開催を実現できたので、来年以降は海外へのアピールも増やして、世界へ向けて日本ゲームの魅力を発信したいと考えています。

※2 東京ゲームショウ、アメリカの「E3」、ドイツの「gamescom」

──TGSのようなイベント開催に限らず、「仮想空間」自体に大きな注目が集まっています。今後、仮想空間の世界はどのように広がっていくと考えていますか?

西村:かつて、ホームページが登場したときは「誰が使うんだろう」と言われていました。しかし、今では企業はもちろん、多くの個人がホームページを所有し、多くの人が日常的にアクセスする場所になった。仮想空間も、同じ道筋を辿るのではないかと考えています。つまり、やがては多くの企業や個人が自らの仮想空間を所有し、人々がその世界を当たり前のように行き来するようになるのではないでしょうか。

ambrとしては、より良い仮想空間体験を提供できる会社になっていきたいと思っています。この領域のリーディングカンパニーとして、「仮想空間を活用したプロジェクトなら、ambrだよね」と言われるような存在になりたい。そんな未来にむけて、これからも様々なIP・ブランド・企業さんと、バーチャルならではの新しい体験づくりに本気で挑戦していきたいと思っています。

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