東京・東京工芸大学/ 芸術学部のゲーム学科だからこそ出来る『面白い』ゲーム制作

「東京工芸大学 芸術学部」といえば、写真科や映像科などから多数のアーティスト、クリエイターを生み出してきた歴史を持つことで広く知られている芸術学部だ。

2010年には、ゲームを学問としてとらえ、技術面から文化や教養など幅広い知識など多面的なスキルを学生たちが身につけ、「企画」「デザイン」「プログラム」などゲーム全般のプロフェッショナルを目指す「ゲーム学科」が設立された。

教員にはコンピュータゲームの黎明期から活躍してきた先駆者や、ゲーム産業の最前線で活躍するクリエイターが揃い、次世代のゲームクリエイターを育成している。このゲーム学科で、いかにUnityが活用されているのか?ゲームプログラミングを専門分野とする正木勉准教授とフィジカルコンピューティング・メカトロニクスを専門分野とする原寛徳准教授に聞いた。

目次

学生時代にしかできない作品を作ってほしい

3年生による、一年間を通して制作したゲームの制作発表会

「Unityをカリキュラムに正式に取り入れたのは2019年です。スマートフォン向けゲームだけでなく、コンシューマーゲームの開発でも多く使われているUnityを授業に取り入れたいと思い、準備期間を経て導入しました。その前から、3年生は教えなくても自ら勉強してUnityを使ってはいましたが。具体的には、1年生の後期でゲームエンジン基礎という授業からUnityを触り初めて、2年生の前期でUnityの深いところまでプログラミングを指導し、2年生の後期でチーム制作でUnityを使ってゲームを作る、というようなカリキュラムになっています」(正木)

3年生では、年間を通した演習科目「ゲーム制作応用」にて、チームもしくは個人で『自分たちが作りたいゲームであればジャンルは何でもOK』という学生の自主性を尊重したゲーム制作を行っている。

正木勉准教授

「ただし、そもそもの企画が通らないと制作には進めません。というのも、自由に発想して欲しいというお題を出しても、市販品のようなゲームを作りたいと考える学生が多いんです。それではもったいない、学生である今しか作れないようなアイデアや工夫を盛り込んだほうが良いと指導しています」(正木)

Unityを導入したメリットは、学生が作る作品の規模やクオリティに現れたという。

「Unityでゲーム開発を行うようになって、ボリュームが大きいものや、グラフィック、完成度等、かなり細かいところまで表現できるものを作れるようになりました。以前とは全然レベルが違う作品を学生が作り上げています。また、Unityを使うことで通信プログラムの敷居が下がったので、通信対戦ゲームなども多く作られるようになりました。『やっぱりUnityだからできるよね』と思うことはよくあります」(正木)

原先生のゲームインターフェース研究室でもUnity導入以降変化が起こった。

「私のゼミでは、学生一人だけでハードウエアの制作からゲームのアイデア出し、実装までマルチに行わなければなりません。Unityを導入してみて感じたのは、学生たちの作品の出来上がりの見た目が格段に変わったということです。一人でハードからソフトまで作る時には、技術面に力を入れるあまり、ビジュアル面を後回しにしてしまいがちなんですよ。しかしUnityを使えばハードの中のゲームをどう面白くするかという部分に注力する余裕が生まれるので、デバイスを完成させて終わり、ではなくて、その中で動くゲームとしての面白みもきちんと考えるようになれたと考えています」(原)

原寛徳准教授

「面白い」ゲームとはなにか

原研究室で開発された、スイカ割りをすると振動が伝わるハプティックデバイス

芸術学部だからこそできるゲーム制作教育とは何だろうか。

「デザイン分野で力を蓄えている学生が作るゲームは、デッサン力やデザイン力などがあるので、やはりビジュアル的に秀でています。そういった点が工学系寄りのゲーム学科との差別化を図っているところかと思います」(正木)

正木先生はスマホ向け・コンシューマーゲームなどを開発する株式会社インテンスを経営するクリエイターでもある。現役クリエイターとして学生に指導しているのは、”面白い”ゲームを作ろうと試行錯誤して欲しいということだ。

「ゲームを作る時に、『つまらないゲームにしよう』と考える人はいません。ゲームとは、殆どの場合『面白い』ものという前提があるんです。そこで学生が陥りがちな企画が、既に市販されているゲームで『面白い』と思ったものを真似るだけの作品です。既にある面白さを真似するだけでは創造する力が育ちません。大切なのは面白くしていくプロセスなんです。自分自身でアイデアを考え、『面白いゲームになるはずが作ってみたら面白くなかった』という経験をして、教員は『ここを変えれば面白くなるのでは?』とアドバイスする。最終的な答えを教えるのではなくて、学生自身が新しいアイデアを考えられるように導くのが『工程会議』という進捗チェックです。各分野の教員の前で学生が開発の進捗を発表し、様々な角度から補正していく、という教え方をしています」(正木)

また、芸術学部ならではの作品制作のアプローチもある。

「学生自身のオリジナリティを入れ込んで、見た人が驚くようなアイデアを表現した、面白いものをとにかく作ろう、と言っていますね。私が思うに、芸術学部の役割の一つに、必ずしも役に立つものを作らなくても良いという自由な発想を育てる土壌になるということがあると思います。芸術学部というのは、何の役に立たなくても、それが新しい表現や感覚を生み出すものであれば評価されます。そこを生かして、アイデアを出す、そのアイデアを実現する力を鍛えてもらいたいです。つまり『芸術学部だからできること』というのは、ゲームとして成立していて面白い、というよりももっと広い意味での面白い作品を作るということを目指すという点にあると思っています」(原)

学生が語る東京工芸大学の魅力

チーム「トテトラ」

ゲーム学科の学生に、工芸大を選んだ理由を聞いた。

「この学校を選んだ理由ですが、元々小学生の頃からゲームが大好きで、自分でゲームを作れるようになりたいと思ったからです。昔からイラストを描いたり音楽を作ってはいたので、ゲームを作るために自分に足りない能力はプログラミングだと思い、学校を探しました。そこで工芸大がモーションキャプチャなど開発のための施設がすごく充実しているのと、ゲーム会社で実際にゲームを作っていたクリエイターの方たちが先生になって教えてくれるという環境がすごく整っているということを知って決めました」(プログラム分野 寺林 美央)

「自分もゲームをプレイするのが好きで、『ゲームってどうやって作るんだろう』と思っていたんですよね。そこで、チームでのゲーム制作を実践している大学を探して、工芸大に決めました」(企画分野 岡本 陽彩)

鬼ごっこからヒントを得た、背中を激写する斬新なオンラインFPSゲーム

チーム「トテトラ」岡本 陽彩、寺林 美央

二人が所属するチーム「トテトラ」がUnityで制作したゲーム「トテトラ」は、街にいる人の後ろ姿をスマートフォンで撮影することポイントを稼ぎ、ランキング上位に入ることを目指す斬新なオンラインFPSゲームだ。個性的なキャラクターたちが登場し、プレイヤーの目を惹き付ける。

「トテトラ」

「自分が企画を担当しました。といっても自分ひとりで考えたのではなく、なるべくたくさんの意見を出してもらうために、8人のチーム全員で話し合いました。先生から指導されたのは、『動詞』をキーワードにアイデアを出してみるということです。そこで”撮る”という言葉が引っかかり、さらに『せっかくなら撮る部位が限定されている方が面白い』と気づいて、まずはメンバーの背中に紙を貼って、その紙を撮影されないように逃げ回るという遊びを実際にやってみました。プロトタイプをプログラムではなくやってみたという感じですね。これはチームの交流も兼ねて良い効果が生まれて、ゲームにしたら面白くなるぞという確信が持てました」(岡本 陽彩)

チーム構成企画1名、プログラム4名、デザイン3名。その全員がUnityを使い開発したという。

「私はリードプログラマでした。オンライン機能は初めてだったので苦労しましたね。同期の仕方からいろいろ調べて、Photonを使って何とか頑張りました。デザイナーもプログラマも全員がUnityを使って開発できたのは良かったです」(寺林 美央)

「担当ごとにUnityの中でも触れる場所が違うので、企画の私はレベルデザイン上のゲームのものの配置だったり、プログラム班はスクリプトがどう動くのか、デザイン班はモーションや、キャラクターを導入したときにShaderがどう影響を与えるかなどをチェックしました。見る観点がそれぞれ違うので、全員がUnityを使えて正解でした」(岡本 陽彩)

「メンバーの意欲が皆すごくて、デザイン班も一週間くらいでモデルを作ってくれて驚きました。そういう意欲を感じると、自分も頑張ろう!と思うんですよね。オカモトさんが全員の負担が高くなりすぎないように配慮してくれたのも大きくて、不要な要素はバッサリ切るなど、面白さを保ちながらクオリティを上げるということに専念できて助かりました」(テラバヤシ)「自分は、プログラムに関してはコードを読んで意味が分かるくらいで、自分で書くことはできないんです。だからこそ、それぞれの分野をちゃんと理解して、このゲームに本当に必要なのか、という取捨選択を行って各班に依頼しています。例えばコンセプトをブレさせないために、まず最初にゲームの根幹である”背中を撮る”という部分を真っ先に遊べる状態にして、そこからテストプレイを重ねてレベルデザインをしました。一年間かけて一つの作品に打ち込めるというのはすごく贅沢な体験でした」(岡本 陽彩)

コンセプトは「過去の自分と協力する」

チーム「すぱむ」

ゲーム学科のチーム「すぱむ」による「5びょうごのきみと。」は、主人公に追随してタイムラグで動くキャラクターを操りゴールを目指すアクションパズルゲーム。URPを使った美しいグラフィックと「過去の自分と協力する」というコンセプトが組み合わさり、新しいゲーム体験を生み出している。水たまりや石の上など、プレイヤーが歩く場所によって足音が変わるなど細やかな仕掛けも加えられて完成度が上がっている。

市川 元久、佐藤 勇気

「まずチームで話合って最初に決めたのは、時間に関連した作品を作ろうということでした。時間のズレをネタにすることは決まったんですが、最初は凡庸に感じる企画しか出なくて。ブレイクスルーしたのはサブキャラクターがメインキャラクターの頭の上に乗って移動する、という動きを作れた時です。今まで見たことがない、という驚きでチーム全体が納得しました。そして決めたのは、彼らは双子の兄弟で、幽霊になった弟を兄が復活させるという世界観です。ステージの構成を企画が考え、デザインを進めていきました」(デザイン分野 佐藤 勇気)

「苦労したのはギミックのバリエーションです。難しくするのは簡単ですが、あまりに難易度が高くなるとプレイしてもらえなくなる。でも開発者自身にはそのさじ加減が難しい。そこで、ゲーム学科の仲間はもちろん、学食にいる学生の方に『このゲームをプレイしてみてもらえませんか?』とお願いをして、フィードバックをもらってデータを集め、丁度いい難易度になるよう調整していきました」(企画分野 市川 元久)

「5びょうごのきみと。」

またデザイナーがUnityを扱う際に、ビジュアルプログラミングが役立ったという。

「自分はデザイナーなのでプログラムはあまり関わっていないのですが、URPでノードを組んでみて、これはデザイナー向きだなと思いました。ノードを繋いだ時に視覚的にその結果を出してくれるので、すごくやりやすかったです。ビジュアルプログラミングだと、全部のノードを知らなくてもインターネットで調べたノードを繋いで元になるものを作り、その形を崩すことで作りたいものが出来るのが良かったですね。普通のコーディングだと一部を変えると全部ダメになるということもありますが、ノードだと『ここを直せばいいのか』と目で見てわかるので楽でした。また、企画とのやり取りも、企画側がレベルデザインをしたUnityのパッケージをもらって、僕がステージの地形などをデザインしてパッケージ化して返すという方法で行って、省力化になりました」(佐藤 勇気)

これからも、東京工芸大学の芸術学部だからこそできる『面白い』ゲームが生まれていくだろう。

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