チームで行うゲーム開発は難易度が高いものです。「どうすれば、よりよいチームでゲーム開発に挑めるだろうか?」という悩みは、尽きることはありません。
では、チーム運営のコツはどこにあるのでしょうか? そのヒントを、世界100カ国以上で同時に開催されるゲーム開発ハッカソン、グローバルゲームジャム(以下、GGJ)に求めてみることにしてみましょう。
GGJの特徴は大きく2つ。まずは、参加者は数人ごとの即席チームに分けられること。そして、開発できるのは原則「48時間」という制約があることです。日本においては、2022年1月28日から1月30日にかけて、東京工科大学を含め、全国14会場で開催されます。
本記事では、GGJのオーガナイザーとして、2010年の日本初開催から携わる東京工科大学メディア学部教授・三上浩司氏にインタビュー。GGJが日本で開催されるに至った経緯、そして参加で得られるメリットや楽しむためのポイントをうかがいました。
これまで何百もの開発チームを見続けてきた三上さんの言葉からは、チームでゲーム開発をする上で欠かせない要素を学ぶことができました。
1通のメールから、日本におけるGGJの歴史が始まった
──GGJが日本で開催されることになった経緯からお聞かせください。
三上:きっかけは、2008年に経済産業省と文部科学省が実施していた、アジア人財資金構想に採択されたことです。この構想は、アジアを中心に世界中から優秀な学生を日本へ留学生として招くのが目的。東京工科大学はCGやゲーム分野で申請していました。
海外の学校や外部団体とのつながりもできる中で、より国際的な取り組みにチャレンジしたいと考えていたとき、かねてから親交のあったCG-ARTS(公益財団法人 画像情報教育振興協会)の方から、GGJの存在を教えてもらいました。
ある日、その方にメールが届いたそうなんです。送り主はIGDA(国際ゲーム開発者協会)のスーザン・ゴールドさん。GGJ発起人の一人であり、ゲーム業界ではかなり著名な方です。いわく「2009年からGGJを立ち上げたが、日本の会場は一つしかなかった。ゲームと言えば日本なのに、これはどうしたことか」と(笑)。
そんなことを聞かされて、このイベントなら日本人学生と留学生の交流にもつながるだろうと、東京工科大学で日本初のGGJを開催しようと考えました。
──初回はどれくらいの方が参加したのでしょう。
三上:日本人学生8名、留学生8名の計16名です。
第1回大会では、参加者は主にJavaやMicrosoft XNAを用いて開発を進めていたのですが、当時の感覚から言えば、48時間で1つのゲームを完成させるなんて考えられないことだった。ましてや、同級生であってもスキルやパーソナリティを知らない者同士でチームを組むわけですから、難易度はかなり高いですよね。
でも、だからこそ、ゲーム「ジャム」なんです。複数のミュージシャンが集まり、即興で音楽を演奏することをジャムセッションと言いますよね。まさに、そのイメージで「どんなスキルを持っているかわからない者同士が、それぞれ即興で力を発揮すること」を楽しめるのが、GGJの醍醐味です。
2010年前後、ゲームエンジンが業界を変えた
──当時は、実際の開発現場でもJavaやMicrosoft XNAが主流だったのでしょうか。
三上:そうですね。2010年前後、日本のゲーム開発環境は過渡期にありました。というのも、ゲームエンジンの活用が進み始めた時期なんです。Unity日本法人の設立が2011年ですから。
2010年前後まで、ゲームを開発する各社は自社エンジンを利用しており、ノウハウも各社の中に閉じていた。しかし、ゲームエンジンの普及によって、ノウハウが一気にオープンになっていくことになります。
──ゲームエンジンが業界を変化させたと。
三上:また、デバイスの変化という意味でも、この時期は大きな転換点。2010年ごろまではゲームと言えば「コンシューマーゲーム」でしたが、スマートフォンの登場によって、その構図は大きく変化しました。
日本にiPhoneが上陸したのが、2008年。時を同じくしてアプリマーケットが誕生し、スマホゲームというジャンルが確立されていく。一大ブームになった『パズル&ドラゴンズ』がリリースされたのが2012年です。2008年からの4年間で、スマホゲーム市場が一気に大きくなったことがわかるでしょう。
そして、スマホゲームの流れを後押ししたのもゲームエンジンです。ゲーム市場へ参入する最初の障壁は開発環境を整えること。先ほど申し上げたように、ゲームエンジンが登場するまでは、各社で自社エンジンを構築していたわけですが、かなりのコストと労力がかかる。そのため、市場参入のハードルが高かったわけです。
ゲームエンジンはそのハードルを取っ払ったといえます。成長著しいスマホゲーム市場に参入する会社にとっては、まさに「渡りに船」。普及のきっかけこそコンシューマーゲームの開発会社たちが取り入れ始めたことでしたが、2012年以降は多くのスマホゲームがゲームエンジンによって開発されました。
Unityの登場によってGGJはイベントとしても進化した
──なるほど。2010年はゲーム業界にもさまざまな変化が起ころうとしている時期だったわけですね。
三上:GGJからも、ゲーム業界が変化する兆しは見て取れました。
2010年の参加学生たちが、自ら情報を発信したおかげで、ゲーム業界からもイベントとして認知されるようになり、2011年のGGJには80名ほどが参加。その30〜40%がゲーム作りの現場で働くプロフェッショナルたちでした。
私はオーガナイザーとして参加者のスキルや経験を配慮し、チーム編成を決めています。このときは10チームほど組んだのですが、そのうち3チームがUnityを持ち込んで来ました。GGJでは、まずはチーム内でどんな開発環境にするかを決め、それを整えることから始めますから、実際に取り掛かるまでにも一定の時間が必要です。
この環境構築も制限時間内にゲームを完成させる難しさの一因になっていたのですが、Unityが状況を大きく変えました。環境構築にかかる時間が大幅に削減され、プロトタイプが完成するまでの時間が早くなったんです。
──Unityというゲームエンジンをインストールすれば、共通の環境を整えやすくなったからですね。
三上:特に印象的だったのが、現在はUnity Japanで日本担当ディレクターを務めている大前広樹さんのチームでしたね。大前さんは6名の学生とチームを組み、Unityを駆使して『Life in Shadows』を完成させました。いまでもインターネット上で公開されており、ダウンロードして遊ぶこともできます。
『Life in Shadows』が並のゲームであれば、業界からの反応は「Unityというツールができたんだね」くらいのものだったかもしれません。しかし、このゲームの高いクオリティに「48時間でこれを制作できるツールがあるのか!」と驚きをもたらし、Unityの認知度と共に、GGJの認知度も向上しました。
Unityの登場によって、GGJは「ゲームを完成させること」にチャレンジするイベントから、「完成させることは当たり前」で、クオリティの向上に挑むイベントへシフトしたんです。
ゲーム作りの原点に戻れる場
──GGJは参加者にどのような経験をもたらすのでしょうか?
三上:まず、実際に開発現場で働いている方々にとっては、ゲーム開発の楽しさを再認識してもらえる場になっていると思います。というのも、2006年にプレイステーション3がHDに対応したことによって、ゲーム作りに用いるアセットの量も大きく増加。開発により時間がかかるようになり、ゲーム作りの分業化が進みました。
その結果、「ゲーム制作に携わった」といっても部分的な関与に留まり、ゲーム作りの手触りを感じられない方が多くなってしまったのです。完成作がどう動いているのかを知らないまま次作に取り掛かっている人も増えたという話も耳にしました。
私は、この状況が進むほど、ゲーム作りの根幹を成す「ユーザーを楽しませたい」という魂が失われているのではないかと感じました。GGJは短い制限時間に、少人数でイチからゲームを手作りしていくイベントです。だからこそ、参加することで、ゲーム作りの面白さや「ユーザーを楽しませたい」という気持ちを取り戻せると思っています。
──原点に戻れる場になっているんですね。
三上:それに、さまざまなチャレンジができることもGGJの良いところです。新しい技術を試すことも含め、普段の業務では手を出しにくいことにも挑戦できる。「成功も失敗も、栄光も挫折も、すべては週末の夢」だと言えることも、GGJの良さでしょうね。
たとえば、いちプログラマーがそれまで経験したことのない、リーダーとしての役割にチャレンジしてもいいでしょう。「絶対にうまくいかない」と職場の先輩に止められていた開発手法を試してもいい。48時間でいろんなことを試し、成功すれば実際の仕事に活かせるかもしれませんし、そもそも失敗したとしても何のダメージもないわけですから(笑)。
──学生の参加者も多いかと思います。学生にはどういったメリットがありますか??
三上:スキルの差を感じられることも大きいはずですが、学生にとって最も大きな学びになっているのは、プロフェッショナルたちの「時間に対する意識」だと思っています。
授業の課題でゲームを作ってもらおうとすると、学生は締切まで時間をたっぷり費やそうとするんです。もちろん、納得いくまでやり抜くことも大事ですが、実際の開発現場に入るとそうはいかない。限られた時間で任された部分を完成させることが何よりも重要になります。
この時間に対する意識こそが、アマチュアとプロフェッショナルの差でしょう。これを口で言うのは簡単ですが、実感してもらうことは難しい。
その点、GGJは48時間の縛りがあり、だらだらと時間を使うわけにはいきません。チームで任された部分を「いつまでに終わらせる」と宣言し、実際にそうしなければならないわけですよね。その作業をプロフェッショナルたちと進められるのは、またとない経験が得られます。
GGJは授業で伝えきれない「限られた時間でやり切ること」の大切さを実感してもらえる、貴重な機会になっていると思います。
初心者大歓迎!誰でも必ず貢献できることがある
──アマチュアとプロフェッショナルが、しかも初対面同士でチームを組むわけですよね。実際の業務とも違う独特の難しさがありそうです。GGJでうまく開発を進めるためのコツがあれば教えてください。
三上:とにかく楽しむことです!うまくいっているチームに共通しているのは、全員が楽しみながら取り組んでいること。アマチュアが多いチームだろうが、プロフェッショナルが多いチームだろうが、それは変わりません。
そして、GGJにおいては「うまくいくこと」が全てではないと考えています。プロフェッショナルが中心になって、しっかりとスケジュールを組み、効率的に開発を進めた方がクオリティの高いゲームを作れることは確かです。しかし、むしろ失敗からの方が多くを学べる場合だってありますよね。
たとえば、優れた作品を仕上げたチームがあったとしましょう。外形的には「うまくいった」と言えそうですが、実はそのアウトプットは優秀なたった一人によって生み出されていたとします。つまり、他のメンバーはチーム内での役割をうまく全うできなかったわけです。一方で、うまく完成できなかったチームがあったとすると、そのチームメンバーが何も得られなかったのかといえば、私はそれは違うと考えます。アウトプットの質は低かったとしても、自ら手を動かし、もがき苦しみ、「失敗した」という経験を得たほうが、はるかに収穫は大きいと思うんです。
実際、GGJで「うまくいかなかったチーム」に所属していた学生が、その後、参加した後輩たちへ良いアドバイスを送っているように感じます。
──参加者にはどんなスタンスで臨んでもらいたいと考えていますか?
三上:もし、開発経験が少なく、スキルが低かったとしても「必ずチームに貢献できることがある」と信じて取り組んでもらいたいですね。ゲーム開発においては、コードを書くことはもちろん、延々とテストプレイをすることも重要です。GGJでは中間発表の資料も作らなければなりません。何かしらでチームに貢献する方法があるのです。一概にスキルの不足を理由に、参加を見送らないでもらいたいと思います。
ただ、絶対に持っておいてほしいのは「チームのみんなで、誰かを楽しませるものを作る」という意志。「腕試しがしたい」「とにかく経験を積みたい」など、参加の動機はどんなものでも構いませんが、誰かを楽しませ、驚かせ、感動させるものを作ろうとする気持ちだけは忘れないでほしい。やっぱり、その気持ちがゲーム作りの原点ですから。
──では、ゲーム作り初心者でも参加は可能なのでしょうか。
三上:はい。これまで、完全な初心者の方が参加した例はありませんが、「とりあえずUnityは触れるけど、チーム開発の経験は皆無」といった方ならたくさんいました。だから、開発初心者の方でも安心してもらいたいですね。
GGJから、グローバルに活躍する開発者を輩出する
──今後、GGJをどのようなイベントにしていきたいですか?
三上:やはり、新型コロナウイルスの影響は考えなければなりませんよね。少なくとも、48時間もの間、同じ場所に参加者が集い、開発に取り組むことは難しい。ただ、そういった状況を逆手に取り、今後はGGJでもオンラインツールの活用を進め、よりグローバルに参加者を募りたいと考えています。
もともと、東京工科大学会場では海外からの参加者も受け入れ、日本人と外国人の混成チームも作っていました。基本的にはバイリンガルの日本人をメンバーに含めるようにしていたのですが、どうしても足りない場合があるわけです。日本語しかしゃべれない日本人と、日本語がまったくしゃべれない外国人のチームができてしまう。
でも、これが思いの外、うまくいくんですよ!「なんでうまくいったの?」と聞くと、「言葉が通じない分、とにかくプロトタイプを早く作り、言葉ではなくアウトプットでコミュニケーションするようにしたから」と。
──なるほど。プログラミング言語でコミュニケーションを取るような感じですね。
三上:そういったコミュニケーションが成り立つのも、Unityを始めとするゲームエンジンがグローバルなツールになっているからこそでしょう。おっしゃる通り、エンジニアは開発言語で会話すると言われますが、今ではビジュアルも交えてコミュニケーションが取れるようになっている。
ゲームは一大グローバルマーケットになりました。海外からの参加者をより受け入れることで、日本のゲーム開発の担い手たちに、海外の開発者たちの思考にも触れてもらいたいですね。そこから、海外にも受け入れられるゲームのヒントを得てほしいと思っています。
GGJでの経験を糧に、プロフェッショナルの開発現場に羽ばたいた参加者も多くいます。ぜひ今後の参加者にも、ユーザーを楽しませるたくさんのゲームを生み出してもらいたいです。
(文・鷲尾諒太郎/写真:栗原論)