宮城・東北福祉大学/人類全ての福祉の向上を目指すためのUnity活用方法

昭和33年に宮城県仙台市に創立された東北福祉大学には、コンピュータの知識と技術で福祉を支援することを学ぶ「総合マネジメント学部・情報福祉マネジメント学科」がある。福祉の視点から情報を学び,人や地域社会に貢献できる研究・実践を行うことが狙いだ。その中の「創造メディアコース」は、まずデザインを学び、問題解決型の課題に取り組みながら専門性の高い情報技術力を身につけることを目指すコースである。カリキュラムにはUnityを取り入れ、学生たちが創造の幅を広げる実践を行っている情報福祉マネジメント学科の大内誠学科長にどのような取り組みがなされているのかを聞いた。

大内誠 情報福祉マネジメント学科 学科長
目次

ALS患者のためのゲームをUnityで作る

情報福祉マネジメント学科の前身である情報福祉学科が設立されたのは2000年に遡る。

「当時、IT化のムーブメントがあり、福祉も今までのような古い形ではなく、テクノロジーを導入した新しい福祉を創っていこうということで設立されました。福祉といっても、高齢者、障害者、子どもなど対象を限ってしまわず、もっと広い意味で、あらゆる人類のための福祉を行おうということです。いわゆるウェルビーイングですね。その中にうまくITを融合させてテクノロジーを使った福祉を創っていこう、というのが本学科が設立された経緯です」

大内先生は元々東北大学大学院で音響学を学び、サウンドVRの初期の研究を行っていた。2000年に東北福祉大学で研究を初め、Unityはバージョン4の頃から使うようになったという。

「Unityを使い始めた最初の頃は、筋電(筋肉が収縮する際に発生する非常に微弱な電気)のデータを取って、ALS(筋萎縮性側索硬化症。身体の筋肉が動かせなくなる難病)の患者さんがプレイできるようなゲームの開発をしていました。作ったきっかけは、研究室でALSの患者さんを定期的に訪問している際に、「こんなゲームを作ってくれない?」と患者さん自身から言われたことです。Unityだったら、ALSの患者さんが使いやすいUIやゲームの開発がしやすいだろうなと思い開発を始めました」

ALSの患者は、重症になると眼球以外の身体を動かすことができない場合もある。一体どのようなゲームを作ったのだろうか。

「患者さんの筋肉の微妙な動きを検知したり、動かなくなっている筋肉でも微弱ですが筋電は流れるので、その信号を使ったりしてゲームをプレイできるようにしました。また、アイトラッカーを使って視線を追跡して、そのデータをUnityの方に持っていってゲームを動かしていました」

一方、現在は全学の学生を対象とした「AIの基礎」という授業の中でも、Unityで開発した教材が使われている。

「基盤教育(一般教養)で行っている「AIの基礎」で、ML-Agentsを使って機械学習させるブロック崩しゲームを私が作り、学生に作り方を指導しました。32個の盤面を作って、ラケットにボールが当たったら報酬を与えて、当たらなかったら負の報酬を与えるという強化学習です。ML-Agentsを使うとAI開発やプログラミングの経験が浅い学生でも比較的簡単に開発ができますね」

また、パラリンピックで行われた競技「ボッチャ」をVR内でプレイするという研究も現在学生たちによってUnityを使って行われている。

「ボッチャはカーリングに似た競技で、白い球を投げて、その球めがけて別のボールを投げ、白い球に近いほうが得点するというルールのユニバーサルスポーツです。現在開発中のVRゲームは、プレイヤーが加速度センサーを内蔵した市販のコントローラーを用いて球を飛ばすというものです。コンピューターとの対戦アルゴリズムの開発にはML-Agentsの強化学習を使っています。これらのように、本学では授業でも研究でもUnityを使っています」

試作されたVRボッチャの画面

Unityで学生のモチベーションを上げる

学生たちが制作したゲーム作品の発表会なども行っている

学生がUnityを学ぶメリットは、学習モチベーションを上げる目的もある。

「Unityを導入してから、学習モチベーションがすごく変わりましたね。やっぱり目で見て結果がすぐ分かるのは大きいです。バグが発生したときに、一般のプログラムだとバグや論理エラーを探すのはすごく時間がかかります。でも、Unityの場合はキャラクターや敵キャラの動きがおかしいと見てすぐに分かるから、その近辺のコードにエラーがあると分かります。そうすると学生たちも、だんだんバグ探しのコツが分かって無駄なデバッグ時間が減り、本来のコンテンツ作成に力を入れることができるため、開発が面白くなり食い付きがいいんです。また、私達はオブジェクト指向プログラミングも教えているんですが、クラスの継承やカプセル化、ポリモーフィズムなどの概念を覚えるのに学生たちは疲れてしまいます。でもUnityの場合はPrefabがあります。Prefabはオブジェクト指向プログラミングそのものですから、すごく分かりやすいんですよね。プログラミングの概念を、わかりやすく具体的に例を示して説明できるんです。そのために、700ページにも及ぶオリジナルのテキストを作成し、学生たちに無料で配布しています」

学生が自ら発想したものをUnityで作ることができるというのもメリットだという。

「学生たちに「どんな研究がしたい?」と聞くと、Unityをやりたいという回答が多いです。ロボットや車いすなどハードウェアを開発する研究においても、一旦Unityの画面内でプロトタイプを作ってからハードの開発を行うというような手順を踏むと失敗が少なくなります」

学生たちに無料で配布しているオリジナルテキスト

「人類全ての福祉の向上」のための挑戦

東北福祉大では、教育と研究のテーマに「人類全ての福祉の向上」を据えている。

「学生たちが自分で何を研究したいかと考えるときには、目的や価値がすごく重要だと思います。漠然とプログラムの学習をすると、何の目的のためにやっているのか、テーマや目的を見失いがちになります。でも東北福祉大の場合は、困っている人たちがいるから、その困っている人たちのQOL(生活の質)を上げるために何かアシストできるようなプログラムを作りましょうという柱があります。目的とそこから生まれる価値がすごく明確なんですよね。そこに向かってもの作りをすればいい、そういう指導をしています」

そのもの作りに役立つのがUnityだ。

「そこでUnityを使うと、学生たちは目的を見失わなくなります。もの志向というか、もの作りでどこを目指すかというところに軸足を置けるようになります。本来は、ユーザーやその支援のためにものづくりがあるはずですが、プログラミング方法が分かりづらかったり学習コストが高すぎるたりすると、学生も疲れてしまって、開発途中で諦めてしまうことがあるんです。よくUnity社のキャッチフレーズで「ゲーム開発の民主化」と言われていますが、Unityを使うことによって、福祉系アプリに限らずさまざまなもの作りの現場で「開発の民主化」が進んだことを実感しています」

また新しい試みとして、同学科の高橋俊史先生が、NTT東日本・仙台市・仙台eスポーツ協会と産官学連携にて高齢者にeスポーツを行うという取り組みをしている。

「高齢者さんとeスポーツというと意外だと思われるかもしれませんが、すごいですよ。ほんの数ヶ月でレースゲームがみるみる上達して、驚きました。それを見ても、ゲームと福祉の可能性はまだまだあるなと感じます」(大内)

「今回の産官学連携は、高齢者の方にeスポーツを継続的に体験していただいたら、フレイル予防やデジタルデバイド解消につながるのではないかという発想からスタートしたものです。実際に令和4年4月から9月にかけて隔週にて体験してもらったところ、レースゲームなどの上達が見られたり、デジタル機器を楽しむことができるようになりました」(高橋)

高橋俊史先生

しかしまだ課題があり、そのためにUnityでコンテンツを開発することも考えているという。

「ただ、多くのゲームをプレイするためには、コースや車の種類を選ぶなど様々な設定をした上でプレイしなければならないことも多く、そういった場面において高齢者が苦労する場面も見られました。そういったことからも、今後は高齢者もよりプレイを始めやすいゲームの検討や高齢者を意識したメタバース空間の作成などの研究が必要になるかと思います。そういった視点からも学生などのアイディアを検討し、実際に試作するための環境としてUnityは大変魅力的であると考えています」(高橋)

東北福祉大の「人類全ての福祉の向上」のための挑戦はこれからも続いていく。

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