2021年度の京都芸術大学卒業制作展で、リアルなジオラマとデジタルゲームを融合した作品「ハコニワ」が発表されました。開発者は、同大学のキャラクターデザイン学科ゲームゼミ卒業生の辻村奈菜子さんです。
ハコニワは、CGマップを探索して宝を探し出すゲーム。ただ、その特徴はマイコンボードの「Arduino」、キューブ型ロボットの「toio(トイオ)」が、ゲームエンジン・Unityで作られたPCゲームと連動し、現実空間で起こした行動が仮想空間のゲーム内にも反映されることにあります。
この体験デザインが「デジタルゲームの枠を飛び越えた」と評され、キャラクターデザイン学科における学長賞を得ました。
「昔から、ポケットモンスターやゼルダの伝説、スーパーマリオなどが大好きなんです」と言う辻村さんは、自身が好きなゲームの“面白さ”をつかみ、作品へと昇華させていきました。
お話を聞いて驚いたのは、制作時のプログラミング経験は1年ほど。「全体設計ができても、ハコニワを実現させるためのスキルは全然なかった」という辻村さんは、どうやって完成までたどり着いたのでしょう?また、どうモチベーションを高めていったのでしょうか?
辻村さんの実作からは、経験不足であっても構想を実現させるために必要なこと、そして自分が“面白い”と感じることを活かす大切さが伺えました。
本記事では、ハコニワ完成までの道のりを、たっぷりとお届けします。
辻村奈菜子(@Tsujimura_game)
京都芸術大学キャラクターデザイン学科卒業
大学のゲームゼミでゲーム作りの楽しさや奥深さを学び、プランナー、デザイナー、時にはプログラマーとしてアナログゲームやデジタルゲームを数作品制作してきた。緑色がとても好き。
観察した気づきをもとに、ゴールを目指す「ハコニワ」
──辻村さんが制作した「ハコニワ」は、どのような作品なのでしょうか。
辻村:端的に言うと「『観察』するほど『達成』が得られる箱庭アドベンチャー」で、現実と画面のステージがリンクしているのが特徴です。たとえば、現実のステージにブロックを置くと、CGマップ上でもブロックが出現します。現実空間と仮想空間をよく観察しながら、キャラクターを目的地まで導いていくんです。
実際にプレイしてみますか?
──ぜひ!
辻村:まず、コントローラーで画面上のキャラクターを動かしてみます。目の前に大きな段差があって登れませんよね。そこで、リアルなステージに、手元にある三角形のブロックを置いてみてください。
──おお!画面上に三角形のブロックが出ました!
辻村:toioのセンサーでリアルタイムにブロックの位置を検出して、その結果をUnityを連動させることで、CGマップ上にもブロックが現れる仕組みです。
他にも、ステージの一部にブロックを近づけると目的地までのヒントが出たり、アイテムを置いてゲーム内でブロックを回転させたりできます。
──現実のステージを見つつ、どうブロックを使えばキャラクターがマップを進めるのかを考えるんですね。
辻村:そうです。それから、現実のジオラマステージをUnityで動かすためにマイコンボードのArduinoを組み込んでいるんです。
──目的地までの、新たなルートが出ました!
辻村:現実のステージを観察しながら、どうすれば目的地までたどり着けるかを探し、宝石をゲットしていく達成感がハコニワの面白さです。
実際にプレイしていただいた方からは、ブロックが画面に反映されたり、ギミックが動いたりするたびに「おお!すごい!」と驚いてもらえて、嬉しかったですね。
自分が感じる「面白い」を作品に詰め込んでいく
──ハコニワの制作過程をお聞きするために、まずはどうやってこのゲームを構想したのか、というつながりから伺わせてください。子どもの頃は、どんなゲームで遊んでいたんですか?
辻村:物心ついたときからポケモンが大好きです。基本的にすべてのポケモンが好きなのですが、2016年に発売された『ポケットモンスター サン・ムーン』で登場したオシャマリに一目惚れしてしまいまして(笑)。オスでもメスでも同じ見た目で、この可愛い見た目でかっこいいオシャマリがいたり、見た目が可愛いことに悩んだりしているオシャマリがいたり。一目見た瞬間に色んなオシャマリの姿が思い浮かんで「なんて奥深いポケモンなんだ」と勝手に妄想してハマってしまいました。
ちなみに、今日の服もポケモンがプリントされてるんですよ。
辻村:ポケモン本編は収集・育成・バトル・冒険などさまざまな面白さがあり、さらにクロスメディアによって幅広いジャンルがあるので色んな楽しみ方ができます。人生に寄り添ってくれるところ。それが、今でも大好きな理由ですね。
あとは、『ゼルダの伝説 風のタクト』『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』が好きです。スーパーマリオは横スクロールがない、いわゆる3Dマリオのほうが好みで、『スーパーマリオ オデッセイ』『スーパーマリオギャラクシー 2 』にハマりましたね。自分の好きなゲームの系統を知るきっかけになった『ゼノブレイド』も強く印象に残っています。
──Nintendo Switchを見ると、任天堂のゲームが多いですか?
辻村:そうなんです(笑)。私のゲーム体験は、ほぼ任天堂と言っても過言ではないです。ゲーム研究者のリチャード・バートルは「ゲーマーには4つのタイプがある」と分類しています。
キラー(killer)、ソーシャライザー(socializer)、エクスプローラー(Explorer)、アチーバー(Achiever)の4つです。
ざっくり言うと、キラーは敵を倒したり『競争』するゲームが特に好きな人。ソーシャライザーはゲームを通して人と『交流』するのが特に好きな人。エクスプローラーは新しい世界や知識の発見にワクワクする、『冒険』が特に好きな人。アチーバーはレベルを上げたりタスクを『達成』するのが特に好きな人。
その分類でいくと、私は圧倒的に「アチーバー・エクスプローラータイプ」なんですね。
──辻村さんが好きなゲームからしても納得です。
辻村:ランキングを争ったり、他のプレーヤーと闘ったりするゲームはモチベーションが湧かないんですよね……。『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』も買ってみたのですが、全キャラクターを揃えたら満足してしまいました(笑)。
──まさに、アチーバーですね(笑)。そのタイプはハコニワにも影響していますか?
辻村:アチーバー・エクスプローラータイプだからこそ、作れるゲームがあるのではないかと思い、自分が面白いと感じる要素を詰め込みました。
たとえば、光っているものがあると近づいてみたくなったり、道があると行き止まりまで歩いてみたくなったり、穴があるとなんとなく中を覗いてみたり。好奇心で進んだ先に隠し要素を見つけると、賞賛演出が出て経験値が増えます。レベルが上がると、使えるアイテムも増え、プレイヤーの成長につながります。
コンセプトである「『観察』するほど『達成』を得る」をとにかく追究しました。
また、『スーパーマリオ64』のステージ『バッタンキングのとりで』をハコニワのステージデザインの参考にしました。
アナログゲームとデジタルゲーム、両方の良さを詰め込めないか?
──ハコニワの実作で、リアルなギミックとデジタルゲームを融合しようと思ったきっかけは?
辻村:憧れの先輩が制作した卒業作品がきっかけです。現実にあるアイテムをゲーム機で読み込むと、ゲームに反映されるというもので、「自分もこういう作品が作れたら面白そう」と思いました。
講義でアナログゲームの面白さを実感したのも大きいです。実習では「医療従事者に楽しんでもらえるゲーム」というテーマで、産学連携で制作したものを医療従事者の方々に遊んでもらう機会があったんです。「かるたの絵に描かれた人になりきって詠む」というゲームで、ターゲット層に合わせてとにかくルールを簡単にしましたが、想定以上に盛り上がって。しっかりと面白さを掴めば、シンプルな仕掛けでも楽しんでもらえることを実感しました。
──ハコニワでは、アナログゲームのどんな面白さを活かしているのでしょうか。
辻村:現実のステージを使った遊びはドールハウス遊びを参考にしていて、シルバニアファミリーの展示会にも足を運びました。ドールハウスは遊ぶ人が覗き込んだり、家を観察したり、モノを置いたりといった動作が伴います。ハウスを観察しながら「ここにキッチンを置くとどうなるだろう」などと想像し、試行錯誤できる面白さがあります。
一方で、デジタルゲームは気持ちを掻き立てるような演出で、非日常を体験できるのが良い部分だと思っています。誰しもがジオラマを見たときに「小さくなってここで歩きたい!」と感じるあのワクワクを、ハコニワのデジタルの世界で体験させています。アナログとデジタル、両方の良さを欲張ったのがハコニワですね。
プログラミング経験1年でハコニワを完成させるまで
──ハコニワ完成までの制作期間を教えてください。
辻村:2021年3月にアイデアが浮かび、4月に全体設計ができて、2022年2月の卒業制作展までの約1年で制作しました。しかも就活と同時進行で…。
──当時は、どのくらいプログラミング経験があったのでしょうか?
辻村:1年ほどですね。大学3年生からプログラミングの講義が始まり、そこで初めてUnityに触れました。また、3年生の頃に2本のデジタルゲームを作っています。
1つは、VRゲームで3Dデザインを私が担当し、友人が実装してくれました。もう1つは、2Dのまちがいさがし×アクションゲーム『Carnevale』です。基本的なUnityの操作方法や3Dデザインの実装はその2本で経験でき、ハコニワにも活きていますね。
でも、ハコニワは全体設計ができても、それを実現させるためのスキルは全然足らなくて……。「実現できたらいいな」くらいに思っていました。周りの人たちからの助けがなかったら、完成までたどり着いていなかったです。
──どんな方にサポートをしていただいたのですか?
辻村:まず、所属していたゲームゼミの村上聡教授です。ゲームデザインやアニメーション制作が専門でいらっしゃるので、「いかにゲームを面白くするか」という観点から何度も壁打ちをしてもらいました。1年生の頃からゲーム作りに対する考え方を叩き込まれています。ゲーム作りに対する熱意は先生のレクチャーがあったからこそです。
プログラミング面では、非常勤講師の奥出成希先生に助けてもらいました。エラーが解消されずに絶望することも多く……。聴講していないのに、奥出先生の講義終わりに押しかけては何度も質問しました(笑)。
ステージを動かすためArduinoの取り付けも、「なんで動かないんだ!」と一緒になって頭を抱えつつ、奥出先生にサポートしていただきましたね。
toioの公式コミュニティ「トイオ・クラブ」の方々にも、とてもお世話になりました。絶対位置検出のためのセンサーが付いているtoioは、リアルなブロックを画面上に反映させるのに欠かせません。
でも当時は、toioとUnityを接続するアセットがWindowsでは提供されていなくて。「Macを買わないといけないのか」「iPhoneを介して接続する方法はないのか」など苦戦していたのですが、トイオ・クラブの方に接続方法を丁寧に教えていただきました。
──辻村さんの熱量があったからこそ、たくさんの方々がサポートしてくれたのかなとも感じます。湧き上がるモチベーションは、どこから来ていたのでしょうか。
辻村:私自身としてはアチーバータイプということもあり、小さな達成の積み重ねがモチベーションになっていました。キャラクターが動いたり、センサーが反応するだけで、「よし!!」と思える。その積み重ねが、完成まで走り切れた要因だったなと感じます。
Unityがあるから、“プログラミング経験が浅い芸大生”もゲームを作れるようになった
──卒展などで多くの人たちがハコニワをプレイしたと思います。思惑通りにいったポイント、または改善点はありますか?
辻村:プレイしている人が「次に何を目指せばいいのか」の誘導がうまくできたなと思います。たとえば、赤い宝石を探しているときに、次の目的となる青い宝石が見えるようにしました。そうすることで、赤い宝石をゲットした後に、「次はさっき見かけた青いのを探せばいい!」と気づくことができますから。
演出面は、もう少し工夫したかったなと思っています。ブロックをステージ上に置いたときに音を鳴らしたかったのですが、うまく実装できず……。音はプレイヤーの気持ちを高揚させる工夫の一つなので悔しかったですね。
──Unityだからこそ実現できたと感じることがあれば、ぜひ教えてください。
辻村:私のようにプログラミング経験が浅い“ただの芸大生”もゲームを作れるようになったのは、Unityのおかげだなと。Unityがなかったら、「これ作ってみたいな」と思っても諦めていたと思います。だけど、今では「もしかしたらできるのでは?」と挑戦しやすくなりました。
また、京都芸術大学キャラクターデザイン学科ゲームゼミでは、数年前からUnityを導入し始めました。それまでの卒展では、企画書をパネルにして展示していたそうですが、Unity導入後はオンラインゲームを制作する生徒が増えたそうです。制作の幅が広がったのも、Unityのおかげですね。
──最後に、辻村さんがこれからどんなゲームにトライしたいか、ぜひお聞かせください。
辻村:ハコニワでtoioやArduinoを使ったように、知らない技術を積極的に使ってみたいですね。そのなかでも、昔からあるけど一般的になっていない技術だったり、ある技術を違う方法で活用してみたり、いろんな可能性を探求してみたいです。
元任天堂であり、携帯ゲームの父と呼ばれる横井軍平さんは、昔からある技術から別の使い方を考え、新しいものを生み出す「枯れた技術の水平思考」という理論をお手本にして、私は新しいものを考える時ほど昔からあるものを活用できないかどうかを模索するようにしています。まだまだ知らない技術は山ほどありますので、学び続けて、活用の仕方を模索していきたいです。
Unityとtoioを連携させる場合、「toio SDK for Unity」というものもあるので、興味のある方はぜひこちらも触ってみてください。
※Nintendo Switchは任天堂の商標です
※”toio”および”トイオ”は、株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメントの登録商標または商標です。
(文・つじのゆい/写真・其田 有輝也)