2021年8月、スマホ向けアプリゲーム『SHAMAN KING ふんばりクロニクル』のプロモーションビデオ(以下、PV)が公開された。作り込まれたキャラクターのルックやアニメーション、 2Dと3Dを行き来する演出などが特徴だ。
制作を担ったStudioGOONEYS(以下、グーニーズ)は今回初めてリアルタイムレンダリングを導入。プリレンダーによるワークフローにUnityを一部組み込み、プロセスの効率化と緻密な絵作りを実現した。
グーニーズのルックデヴアーティスト・澤井郁弥氏に、Unityを導入した理由や利点、新機能の感想、今後の展望などを伺った。
「高品質&スピード」の期待からリアルタイムレンダリングへ
——Unityを導入した背景から教えてください。
澤井:数年前からリアルタイムレンダリングによる映像制作に関心を持っていたんです。プリレンダーと遜色ない絵を実現している事例も増えていて、もっと導入が広がりそうだと感じていました。ユニティちゃんトゥーンシェーダーを使ったセルアニメらしいルックや、HDRP(物理法則にもとづく高品質なレンダリングを可能にする方法)を使ったリアルな表現など、Unityの事例も見ていました。
加えて『SHAMAN KING ふんばりクロニクル』はゲームの開発環境がUnityだったんです。グーニーズはゲームの3D制作にも関わっていたので、せっかくならPVもUnityで作ろうと考えました。
——どのような体制、期間で進めたのでしょうか。
澤井:ゲームの3D制作も並行して進めており、先行して私がPV制作に参加していった流れになります。期間は企画が立ち上がってから納品まで4ヶ月くらい。グーニーズにしては比較的短期間での制作となりました。
——澤井さんやメンバーはUnityに触れたことはあったのですか?
澤井:クライアント様の開発環境がUnityだったとき、Mayaで作ったデータを変換して納品したり、Unityでチェックするくらいでした。
いきなり動画制作の全工程をUnityに置き換えるのはリスクが高いと考え、普段通りのワークフローの一部に組み込む方針にしました。ルックデブとライティング、レンダリングを置き換えています。
レンダリング時間が減り、最後まで新たなアイデアを試せるように
——導入のプロセスについて教えてください。
澤井:初めはUnity自体の検証に時間を費やしました。次に各工程で必要になってくる機能を模索。その内容をドキュメントにまとめ、Unityを初めて触るメンバーでもスムーズに作業を始められるよう進めていきました。1週間ごとに進捗共有兼、報告をする会も行っていました。
(検証時に澤井さんがまとめていたドキュメントの一部)
最初の検証では、ゲーム用の3DモデルをUnityに取り込み、十分な質のルックを再現できるか試しました。ゲーム側のルックも当時開発中だったため、別で進めていった経緯があります。
レンダーパイプラインは資料が豊富なBuilt-In RP、マテリアルの設定やアウトラインの描画はユニティちゃんトゥーンシェーダー、ライティングはディレクショナルライト(平行光源としてシーン全体を照らすライト)を使っています。
——工程の一部をUnityに置き換えて、感じた利点はありますか?
澤井:レンダリング時間の短さは圧倒的でした。1枚あたり5分から10分ほど必要だった処理が1秒足らずで終わる。「作業の手が止まらない!」とメンバーから嬉しい悲鳴が上がっていました。
また、調整した結果をリアルタイムにプレビューできるのも大きな利点です。シェーディングのかかり具合などもすぐに確認でき、ターンテーブル動画(3Dモデルの検証用に用いる360度動画)もワンクリックで再生できます。
レンダリング時間を短縮できた分、アニメーションやレイアウトのブラッシュアップに向けた試行錯誤に時間とエネルギーを費やせました。
——特に試行錯誤したシーンがあれば伺いたいです。
澤井:PV制作全体を通し、あえて一つ挙げるならキャラクターのバトルシーンです。なかでも、キャラクターの登場シーンは表情のアップから決めポーズまで、1コマ1コマこだわって制作しています。グーニーズはリミテッドアニメーションも得意としている会社なので「どの一瞬を切り抜いてもかっこいい状態」を目指して調整を重ねました。
制作の終盤に、ホロホロ好きの社員からの提案を取り入れてアニメーションを修正したり、事前に仕込んでいたエフェクトを作り直したりもしています。レンダリング時間を短縮できていたからこそ最後の最後まで新しいアイデアを試し、クオリティアップを追求できました。
——逆にUnityに置き換えてみて苦労したポイントはありますか?
澤井:最初こそ設定画面に多少の慣れが必要でしたが、日本語の資料も充実している上に操作はノードベースでシンプルで、私個人もチームも大きな壁にぶつかることはなかったです。
ただ、複数のシーンで利用するアセットの管理は戸惑いましたね。Mayaでは、アセットごとに一つの「リファレンスファイル」を作成し、そのファイルを他のシーンでも参照できる機能があります。
一方、ゲームでは、アセットをローカルフォルダにコピーして利用するケースが多いようで、Unityにリファレンスファイルを参照する機能と近しいものを検証期間内に見つけられず……。容量の大きいアセットをモデリングやセットアップの更新ごとに手動でコピーしたり、ローカルで共有したりと、少し手間がかかりました。
プロジェクト終了後、ユニティ・テクノロジーズ・ジャパンの方との情報交換会の際に、その回避方法をお伺いできたので、次案件では取り入れたいと思います。
2D・3D映像の要素を直感的に扱い、シーンを編集できる新機能
——制作の途中からは、Unity Japanが開発中の新機能「Anime Toolbox」もテスターとして使われていますよね。どのような経緯があったのでしょうか?
澤井:グーニーズでは、絵作りの際にAOV(デプスやシャドウ、ハイライトなど一つの画像を構成する要素)を個別に書き出し、各要素に細かい調整を加えています。Unityでも同じ手順を採りたかったのですが、調べても理想的な方法が見つからなくて。
そんなときにUnityでの映像制作に詳しいマーザ・アニメーションプラネットやボルカの方に相談したところ、ユニティ・テクノロジーズ・ジャパンの方を紹介してくれたんです。
そこで親身に話を聞いてもらい、提案されたのが「Visual Compositor」でした。Anime ToolBoxに含まれる機能の一つで、2Dや3Dを問わず、シーンを構成する背景やキャラクターをノードベースで編集できる機能です。
——実際に使ってみての感想はいかがですか。
澤井:個別に書き出したかった要素は最低限分けて編集できたので助かりました。特定のキャラクターだけ書き出せるのも便利でしたね。操作感も普段使っているNuke(ノードベースのコンポジットソフト)と近く、とっつきやすかったです。
今回は途中からVisual Compositorを導入したため検証が間に合わず、キャラ紹介パートの2D背景はAdobe After Effects、バトルパート終盤の3D背景はUnityと、異なるの環境で仕上げました。次回はすべての背景のアニメーションもUnityのみで完結させてみたいですね。
プリレンダーと遜色ない緻密で複雑な絵作りも可能になる
——PVは、YouTubeでもファンからポジティブなコメントが多く集まり、雑誌『CGWORLD』でも特集が組まれていました。反響についてどう感じていますか?
澤井:思ったよりも大きな反響に恐縮しています。もちろんUnityに初挑戦したという点は特別ですが、最終的に質の高い映像を作りたい想いはいつもと同じ。そのために普段通りのワークフローにUnityを組み込んだだけという認識なんです。
ただ、私たちのようなプリレンダーメインの制作会社で、リアルタイムレンダリングやUnityに関心のある方は多いと思いますから、導入を検討するうえで少しでも参考になれば嬉しいです。
——映像制作での導入を検討している方々に、特に伝えたいUnityの魅力があれば教えてください。
澤井:やはり気軽に導入できることです。ダウンロードやセットアップも簡単、個人ですぐ試せる敷居の低さは素晴らしいと思います。また、エンジニアでなくても使いやすいUIや操作性も魅力です。今回のPVもデザイナーのみで完成できました。
先ほど述べた通り、アセットの管理などは勝手が違うため最初こそ戸惑うかもしれませんが、この辺りは管理しやすい機能が拡充されていくことを期待しています。
——その他にUnityに期待していることなどはありますか?
澤井:Visual Compositorのようなコンポジット機能が充実していくと、ゲーム内映像などでもプリレンダーに匹敵する質を実現しやすくなるはずです。これまでプリレンダーでコンポジットをしてきた人たちが、リアルタイムレンダリングによる映像制作においても、今まで通りの緻密で複雑な絵を生み出し、力を発揮できるようになるといいな、と思っています。
——ありがとうございました!